──足が震える

 

まっすぐ歩こうとしても
涙が勝手に滲んで前が滲んでいく

 

誰もいない裏道
誰にも見られない場所まで来た瞬間

 

膝が砕けたみたいに、地面に崩れ落ちた

 

「……っ……あ、ぁ……なんで……なんで……っ」

 

嗚咽が止まらない

胸が張り裂けるほど痛くて
声を殺そうとしても抑えきれなかった

 

愛してた
信じてた
全部全部──裏切られてた

 

涙で視界が歪んだまま
ただ、そこにうずくまっていた

 

 

「──紗奈?」

 

ふいに、優しい声が頭上から降ってきた




顔を上げると
そこには斗真先輩がいた



「……斗真、先輩……?」


紗奈の兄の高校時代からの友人

家にもしょっちゅう遊びに来てたから
私も小さい頃から顔はよく知っている

私と付き合い始めてからは
理玖も斗真先輩と面識がある

 

普段は軽く笑ってばかりの先輩が
今は真剣な顔で私を見つめていた

 

「こんなとこで…どうした、紗奈?」

驚いてるのは私より、きっと彼の方だった

普段は笑顔しか見せなかった私が
ぐしゃぐしゃに泣き崩れてるなんて──

 

斗真は慌てず
ゆっくり私の横に膝をつく


「……見てしまったの…斗真先輩……瑠奈と……理玖が……」

 

言葉に出した瞬間
もう声にならない嗚咽が溢れて止まらなくなった

 

斗真は何も言わず
ただ、強く私を抱きしめてくれた

 

「そっか……よく頑張ったな、紗奈」

 

その一言だけが
今の私には救いだった

 

「……紗奈」
斗真は少しだけ間を置いて、静かに続ける

 

「もし…もしもだけど、紗奈がこれから先、何か俺に頼みたいことがあったら──その時は、なんでもいい。遠慮すんなよ」

 

その言葉に私は顔を上げる

 

「…え?」

 

斗真は微笑んだまま
優しく頭を撫でた

 

「全部、一人で背負わなくていいから」

 

私はまた
涙が零れた

でも今度はさっきまでの絶望じゃなくて
少しだけ、違う涙だった

 

──この時の私は
まだ自分の中に芽生え始めた”何か”に
名前を付けられずにいた

 

でも──もう、引き返せない場所に立ってた