理恵子はさらにとんでもない事を言い出した。
「楓、せっかくだからもっと近くで話を聞こうよ。」
理恵子は楓の腕を掴むと、皆の間をするするとすり抜けて一番前へと進んでしまう。
近くで見る篤志は、よく見ると昔の面影がある。
すっきりと切れ長で意思の強そうな奥二重の目に長い睫毛、それは間違えなく楓の知っているあっくんだ。
篤志は話をしながら楓や理恵子の方を向いたが、特に何も気にする様子もない。
(…やはり私に気づくことは無いよね…あたりまえか…)
楓は寂しいと言うよりも、当たり前だと感じていた。
20年も前のことなんて忘れて当たり前だ。
しかし理恵子は頬を赤くして喜んでいるようだ。
「ねぇねぇ、今こっち見たよね…キャー」
「理恵子…残念だけど気のせいだよ。」
専務は今後の会社組織についてや仕事の話を済ませると、そのまま事務所を出てしまった。
やはり楓には気がついていないようだ。



