その日、楓が会社で仕事をしていると周りがざわざわとしている気配に気が付いた。
すると、確かあっくんの秘書をしている男性が楓の部署に入って来た。
その男性は楓と目が合うと真っすぐこちらに向かってきた。
「小柳楓さんですね。恐れ入りますが一緒に十条専務のところまで来てもらえますか。」
楓は意味が分からないが、秘書の男性の後を歩き始めた。
「小柳さん、ちょっとやっかいなお客さんがきています。」
「…やっかいなっていったい…」
秘書は専務の部屋のドアをノックした。
「入ってくれ。」
部屋の中からあっくんの声がする。
秘書がドアを開けると、そこにはお客様が二名来ていた。
楓はそのお客様の後姿だけで誰が来ているのか分かってしまった。
そこにいたのは純玲だ。
純玲は少し年配の男性と一緒に来ていた。
先に声を出したのは純玲だ。
「こんにちは、お・ね・え・さ・ま」
楓が席につくと十条専務が説明を始めた。
「こちらはジャパン堂化粧品の代表である国光氏で、従業員である小柳さんの妹とご一緒だ。」
「初めまして、小柳さん。」
国光氏は楓に握手の手を伸ばした。
ジャパン堂といえば日本で3本の指に入る大手化粧品会社だ。
純玲はそこで働いていると聞いていた。
「本日は私にどのようなご用件でしょうか。」
楓は少し怪訝な表情をした。
「さすが純玲君のお姉さんだ。話が早そうだね。」
国光氏が楓に話をしようとした時、十条専務は言葉を遮った。
「そのご相談には応じることが出来ません。どうぞお引き取りください。」
国光氏は不敵な笑みを浮かべる。
「御社にはテナントビルや共同イベントなどで随分お世話になっているよなぁ…もし全国にある全てのテナントが別のところに移転するとしたら、君の会社は多大な損失になるんじゃないかな。」
「なにを言いたいのですか。」
十条専務は厳しい表情をした。
こんな顔をするあっくんは初めて見た。
「悪い話ではないでしょう。こんなに美しい純玲さんを妻に迎えれば御社との取引はこれまで以上にすると言っているんだ。」
「それは十条不動産を…いいや俺を脅しているのですか。」
国光氏はふっと小さく笑った。
「そう思ってもらっても構いませんね。」



