レオくんに手を引かれて着いた先は、人気のない空き教室だった。
けれど扉を開けた瞬間、響いてきたのは耳障りな笑い声。男の声、女の声、混ざって溶けて、私の心に爪を立てた。

足がすくむ。
一歩、また一歩と近づくたびに、私の靴音だけがやけに重く響いた。逃げたい。でも、レオくんの手が、それを許してくれなかった。


「これ、俺の彼女。可愛いだろ?」


その言葉と同時に、教室の空気がひんやりと変わった。
注がれるのは視線。値踏みするような目、面白がるような目、呆れたような目。誰かが笑った。誰かが舌打ちした。誰かがスマホを構えた気配すらあった。


「マジで……この子?」
「うっそ、ウケるんだけど」
「お前、マジで趣味わっる……!」


笑い声、視線、指差す手。
どれも私を見ていない。“レオくんの所有物”としての私を見ている。
喉が締め付けられる。呼吸が荒くなる。こわい、こわい、こわい。今すぐにでも逃げ出したいのに、レオくんの手は、ぴたりと離れなかった。

それだけが救いだった。
でも、それがいちばん重い鎖だった。

視線がぼやける。耳鳴りがする。教室が、揺れて見える。
でも、レオくんの声だけは、くっきりと聞こえた。


「ヨリ、ここ。座れ」


私は何も考えられず、その隣に腰を下ろした。逃げられないとわかっていた。隣にいることでしか、自分の存在を保てなかった。

私なんか、誰も見ていないのに。
でも、その「誰も見ていない」ことが、何より苦しかった。

笑い声が続く中で、不意にレオくんがトマトを差し出してきた。


「ヨリ、これ食って」


思考の鈍った頭で、ゆっくりと齧りつく。
ぷちっと皮が弾けて、果汁が広がった。でも、甘いのか酸っぱいのか、もう、よくわからなかった。

それはただの、”赤くて冷たい”何か”だった。