クズ彼氏の甘く危険な呪縛

動揺するお母さんの声を遮らず、私はまっすぐ目を見て話す。


「……いっぱい、いっぱい考えたの。でも、私はお母さんとお父さんの、他に大切な人がいた”事実”を――この先ずっと、許せないと思う。……でもね、許したい気持ちもあるの。それが苦しいの。矛盾しているけど、これが私の本音」


最初から間違っていたのは、きっと私のほうだった。
見なかったことにして、飲み込んだふりをして、許したつもりでいた。

でも私は、あのときの母の罪も、父の裏切りも、本当は一度も赦してなんかいなかった。
それなのに、いい子ぶって赦したつもりでいたから、どこかで壊れてしまったんだと思う。


「もっと、早く言うべきだったよね。……ごめんなさい」


するとお母さんはぶるぶると首を振って、ぽろぽろと涙をこぼした。


「ちがう……ちがうの、ヨリ。子供のあなたが謝ることなんて、なにひとつないの。全部、私たちが悪いのに……っ。こんなことを小さかったあなたに背負わせてごめんなさい……」


涙をぬぐう手に、そっとハンカチを差し出す。
受け取ったとき、指先にが触れあった。

そのぬくもりは、かつて高熱で寝込んだ夜に触れた、あのときの母の手となにひとつ変わらなかった。
温度も、細さも、そして――確かに、そこに愛があるということも。


「ヨリは……まだ、あの人と?」


しばらくして、母がそう聞いた。


「うん、そうだね」

「……ヨリは、今、幸せ?」


一瞬、黙ったあとで。
私ははっきりと答えた。


「うん、私は幸せだよ」


誰かに強いられたものじゃない。
誰かのためでも、思い込みでもない。

”私の意思”で選んだ、幸せ。

ようやく、自分の言葉でそう言えた。