朝の教室は、まだ半分くらいしか席が埋まっていなかった。
窓の向こうは朝なのに真っ暗で、雨がしつこくガラスを叩いていた。まるで、なにか悪いことの前触れのようで、息が詰まりそうだった。


「ごめん、英語の教科書、貸してくんない?」


不意にかけられた声に顔を上げると、隣のクラスの男子が立っていた。
中学からの顔見知り。特別仲がいいわけじゃないけど、たまにこうして話しかけてくれる、そんな仲だった。


「あ、うん。ちょっと待って……」


鞄をごそごそと探って、教科書を差し出す。
彼は気安く受け取って、少しだけ笑った。


「サンキュ。ヨリって、変わんねーな。……こういうとこ優しいっていうか」

「そんな、こと……」


別に優しいつもりはなかった。ただ、断るのがちょっと怖いだけ。
でも、そう言われると、うまく返す言葉が見つからなくて、少しだけ視線を逸らす。


「つーか今日、レオくん来てんだね」


教室の後ろのほうから聞こえた女子の声に、心臓が跳ねた。耳の奥がじんわり熱くなる。


「え、レオが朝から?」
「うん、さっき見た。あの人が、朝からとかマジ珍しくない?」