次の日の朝
いつもより早く学校に着いた私は、静かな廊下を歩いていた

教室の扉を開けると
すでに中にいた葵くんが顔を上げる

「おはよう」

いつも通りの柔らかい笑顔
丸いメガネの奥の優しい瞳

「おはよう……葵くん、早いね」

「今日はちょっと用事あったから」

葵くんは静かに微笑んだ
その仕草ひとつで、また心臓がドキンと跳ねる

最近、こうして何気ない会話が増えてきた
秘密を共有してから、少しずつふたりの距離は縮まっていた

誰もいない静かな教室
朝の光が差し込んで、柔らかく彼の髪を照らしている

ーー今、メガネを外したら
また、あのドキドキが戻ってくるんだろうな…

そんなことを考えてしまって
私は少し頬が熱くなる

「…どうしたの?」

「え、な、なにも!」

誤魔化すように顔を逸らすと
葵くんは小さく笑った

「なんか、最近よく赤くなるよね」

「そ、そんなことないもん!」

慌てる私を見て、また優しく微笑む

「ふふ……可愛い」

その一言に
顔が一気に真っ赤になるのが自分でも分かった

…ずるい
ほんとに、この人はずるい

***

昼休みになり、私は廊下の自販機へ向かっていた
ジュースを買おうと財布を出すと、背後から小さな声がした

「……もしかして、〇〇さん?」

振り返ると
クラスの女の子ふたりが立っていた

「ねえ、最近さ……葵くんと仲良いよね?」

まただ

内心ドキリとする
でも顔は必死に平静を装った

「え?そ、そんなことないよ?たまたま帰るタイミングが一緒なだけで」

「ふ〜ん?本当に?最近すごく話してるの見かけるけど〜」

にやにやとした笑み
好奇心と探るような視線

「べ、べつにそんな深い意味ないよ」

苦笑いしながらそう返すと
ふたりは顔を見合わせて小さく笑った

「ま、まあ……いいけどね」
「でもさ、あの人って静かで何考えてるか分かんないよね〜」

その言葉に、私はふっと胸がざわついた

分かってる
確かに…普通の人には、そう見えるんだろう

でも、私は知ってる
本当の彼を

優しくて、少し不器用で
でも、甘くて、意地悪で、ドキドキさせてくる人だってことを

「……葵くんは、優しいよ」

思わず口にしていた

「へえ〜…そうなんだ?」

ふたりはまた意味ありげに笑いながら去っていった

私はその場で小さく息を吐いた

秘密を守るのは
思ったよりずっと緊張する

でもーー

……それでも、私はこの秘密が、好きだった

***

放課後
いつものようにふたりだけの裏庭

「お疲れ様」

「お疲れさま…今日も来ちゃった」

葵くんはふっと優しく笑う

「君が来るって分かってたから、待ってたよ」

その言葉だけで
胸がまた高鳴る

彼はゆっくりとメガネを外し
いつもの”素顔”を見せた

今日もやっぱり、ドキドキするほど綺麗だった

「……今日は少し疲れてるみたいだね?」

「え…?」

「無理しなくていいのに」

彼はそっと、私の髪に触れた

その優しい指先に、また体温が一気に上がる

「ねえ…」

「……?」

「君、ほんとに俺のこういう顔…嫌じゃないんだ?」

「嫌なわけないよ…!」

即答だった

葵くんは少し驚いたように目を瞬かせ
そして、優しく微笑んだ

「……そっか」

ーーそれだけなのに
その笑顔が嬉しくて
胸が苦しくなるくらい高鳴っていた