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その日から私の毎日は
少しずつ、でも確実に変わっていった

葵くんとの「秘密の放課後」は
何度か続くようになっていた

人の少ない裏庭
静かな図書室の隅
時には人気のない廊下の端

誰にも邪魔されないふたりきりの空間

そしてそのたびに、葵くんはそっとメガネを外す

「……はい、今日も秘密の時間」

葵くんが冗談めかして言うたびに
私の胸はキュッと高鳴っていた

「ふふ……ありがとう、今日も見せてくれて」

「君にだけ、だから」

葵くんは軽く笑うけれど
その笑顔はどこかくすぐったそうで、少し照れているようにも見えた

メガネを外した彼は、やっぱり…何度見ても綺麗だった

髪がふわりと自然に流れていて
目元は鋭いのに優しくて
そして…ちょっとだけ色っぽい

「……あんまり、見つめるなよ」

「えっ!?ご、ごめん!」

思わず視線を逸らす

その度に、彼は少しだけ笑う

「……ドキドキするだろ?」

その言葉に
私は耳まで真っ赤になってしまう

最近、葵くんは少しだけ”俺”口調が混ざるようになってきていた

メガネのときは相変わらず「僕」だけど
この秘密の時間だけは、彼の素顔が出てくる

そして、私は知ってしまった

ーー私は、彼のこの顔も、声も、全部が好きになっていることを

***

ある日

放課後、教室で少しだけ宿題を片付けていたとき
ふと、背後から誰かの影を感じた

「……ねえ、いつも放課後どこ行ってるの?」

振り返ると、同じクラスの女の子だった

「あ……え?」

「最近さ、葵くんとよく一緒に帰ってるじゃん?」

ドクン、と胸が跳ねた

バレてる…?
もしかして、もう噂になってる…?

「べ、別にっ!そんなに一緒じゃないよ?」

「あやしーい」

友達はにやにやしながら私の肩をつついてくる

「ほら、あの人イケメンって噂あるしさ。葵くんって静かだけど、ちょっと雰囲気かっこいいもんね」

「……そ、そうかな…?」

私は苦笑いするしかなかった

心臓が早鐘のように鳴り続けている

まさか、あの素顔を知ってるのは私だけだなんて
誰も思わないだろう

「ま、いいけどさ。もし何かあったら教えてよー?」

「な、なにもないってば!」

それだけ言って、私は慌てて教科書を閉じた

とにかく
この秘密だけは、守らなきゃいけない

葵くんとの、大切な秘密

***

その日の帰り道

「今日は人が多いから…裏庭じゃなくて、ちょっと寄り道しない?」

葵くんがそう提案してくれた

私は頷き、ふたりで校門を出た

夕暮れの街を歩く

人通りは少なく、オレンジ色の光が街を優しく包んでいた

「なんか、こうして歩くの…デートみたいだね」

ぽつりと口に出してから、私は自分の言葉にハッとして慌てる

「わ、わ、ごめん!変なこと言っちゃった…!」

葵くんはふっと吹き出した

「……そんなに慌てなくていいよ」

「……」

「俺は、悪くないと思うけど?」

その低い声が、妙に甘くてドキリとする

「……で、でも…私たち、そういう関係じゃ…」

すると、葵くんは立ち止まって私を見つめた

ふわりと風が吹き
彼の前髪が揺れる

「……じゃあ、そういう関係になったら」

「え…?」

「もっと堂々と、一緒に帰れるんだよね?」

ーーズルい

その一言が胸の奥まで刺さって
私はもう何も言えなくなっていた

彼はまた静かに歩き出す

そして、ぽつりと優しく言った

「……俺は、君といるの、嫌じゃないよ?」