それからというもの
私と葵くんの間には、ひとつの秘密が生まれた

誰にも言ってはいけない
ーーあの、メガネの下の素顔

普通に話せるようになったわけじゃない
でも、放課後の帰り道や、たまたまふたりきりになると
ほんの少しずつ、彼と会話を交わすようになっていた

ある放課後
いつものように下校準備をしていると、ふと背後から声がかかる

「…一緒に帰る?」

振り返ると、葵くんが立っていた

優しい微笑み
丸いメガネの奥から、静かに私を見つめている

「あ…うん!」

思わず頷いていた
まるで、心臓がふわっと軽く跳ねたように

教室を出て、並んで歩き出す

春の夕暮れ
オレンジ色の光が校舎を優しく染めていた

「…ありがとうね、あの時」

「え?」

「秘密、守ってくれてること」

「あ…うん、もちろん!」

「…君なら、大丈夫だと思ったから」

小さく、ふっと彼は笑う

その笑顔に、また少し胸がくすぐったくなる

「…でも」

「?」

「ちょっとだけ、不思議なんだ」

「なにが?」

葵くんは足を止め、少し私の顔を覗き込むように言った

「僕の…その、素顔を見ても」

「…うん?」

「怖がらなかったよね?」

え…?
私は思わず瞬きをした

「怖がる?…なんで?」

「いや、なんとなく…」
「僕、あまり女子と話すの得意じゃないから。嫌われるかなって思ってた」

「そんなことないよ!」
私は少し強めの声で言っていた

「むしろ、かっこよかったよ…その、びっくりはしたけど」

その言葉に
葵くんの頬がわずかに赤くなるのが見えた

「…そっか」

静かに歩き出す

そのまましばらく沈黙が続くけれど
その沈黙すら、嫌じゃない
むしろ心地よかった

ふたりだけの秘密
ふたりだけの距離

誰にも知られていない
でも、確かにある「特別」

「…あのさ」

葵くんがふと口を開く

「今度…」

「…?」

「放課後…ちょっと、付き合ってくれる?」

「…え?」

「…場所は…まだ秘密」

ーー秘密?

心臓がまた跳ねる

「う、うん…!いいよ」

彼は、いつもの柔らかい微笑みを浮かべた
でも、少しだけ…その奥に潜む瞳の色が
なぜかドキッとするほど、鋭く光った気がした