翌日 昼休み

教室内の空気は
今までになく張り詰めていた

七海は席でプリントを整理していたが
その周りに数人の女子たちが静かに集まり始めた

「ねえ、七海ちゃん」

一人が話しかけてくる
その声は柔らかく、でも探るように

「……な、なに?」

七海はドキドキしながら答えた

「ちょっとさ…ほんとのこと、教えてくれない?」

「え、なにが…」

「葵くんと、付き合ってるんじゃないの?」

七海の心臓がドクンと跳ねた

「ち、違…」

「だってさ、文化祭もずっと一緒だったし」
「借り物競走もアレだったし」
「最近放課後も二人でいるでしょ?」
「しかもさ……」

女子たちの声が重なっていく

「七海ちゃんは素顔も見たことあるわけ?」
「確かに…ずっとメガネ外さないし」

その瞬間だった

「ーーどうした?」

静かに低い声が割って入った

そこには
プリントを片付け終えた葵が立っていた

「何、囲んでんの?」

女子たちは一瞬たじろぐ

「い、いや…別に…ちょっと聞きたかっただけで…」

「そう」

葵は柔らかく笑った
……いつもの”僕”のままで

「何もないよ。僕と七海はただのクラスメイトだよ」

優しい”僕”の声
その場に微妙な空気が流れる

だが

「…じゃあさ」
一人の女子が口を開く

「2人ってどういう関係?葵くんのメガネ外してるとこ見たい」

空気が一気に張り詰めた

「……え?」

「私たち、葵くんの素顔見たことないし」
「かっこいいんじゃないかって噂あるし、ね?」

七海の胸がギュッと締め付けられる

(やばい…)

その時

ひとりの女子が不意に葵に手を伸ばした

「ちょ、ちょっとだけでいいから…」

メガネに指先がかかる

「ーーそれは無理」

葵が呟いた瞬間――

メガネが、カランと音を立てて床に落ちた

教室の空気が
凍り付くように静まった

全員の視線が
素顔の葵に集まった

透き通るように整った輪郭
鋭く切れ長の瞳
綺麗に整えられた黒髪

今までの”僕”の仮面とはまるで違う
圧倒的なオーラを纏ったその顔に
女子たちは息を呑んだ

「え……」
「なにこれ…」
「…同じ人…?」

ざわ…ざわ…ざわ…

空気が大きくざわめく中

葵は深く溜息を吐いた




「……はぁあ〜…」



片手で前髪をかき上げ
だるそうに呟く



「チッ……だりぃ」

静かな教室に響いたその声は
完全に”俺”の声だった


「こういうのがめんどくせぇから隠してたのに」

女子たちは誰も言葉を返せなかった

そのまま葵は無言で七海の手首を掴む

驚く七海を引き寄せ
教室の真ん中で

「……こういうことだから」

低く甘く、でもはっきりと告げたその直後

七海の唇に
堂々とキスを落とした

教室中が
一瞬、静まり返った

そのまま無言でキスを終えた葵は
七海の肩を抱いたままゆっくり周囲を見渡す

「俺の彼女だから」

それだけ告げると
誰も何も言い返せなかった

七海は顔を真っ赤にしながらも
その腕の中で、胸が破裂しそうなほどドキドキしていた

(……ついに、みんなに知られた)

(でも……なんか、すごく…幸せだ)

教室中に
ふたりの甘くて熱い空気だけが
ゆっくりと漂っていた