春の風が教室の窓から入り込み、ふわりとカーテンを揺らした
「…今年も桜、きれいだなあ」
私はぼんやりと教室の窓際に座りながら呟く
今日から高校二年生
クラス替え初日で緊張しながらも、まだ少しだけ浮ついた気分で席に座っていた
「ねえねえ、クラス発表見た?」
「○○ちゃんとまた一緒〜!」
「男子誰いるの?」
教室のあちこちで女子たちの声が弾む
その輪に加わることもできず、私はただ窓の外の桜を眺める
新しい出会いもあれば、別れもある
そんな季節
そんな時、ふと視界の端にひとりの男子が入った
静かに、控えめに教室へ入ってくる
黒髪にダサめの丸いメガネ
黒縁で、少し大きめのフレームが顔に乗っている
どこか…おとなしそうで、静かな雰囲気をまとっていた
「あ…葵くん…?」
名前だけは知っていた
同じ中学だったけれど、話したことは一度もなかった
特に目立つ存在ではない
でも、なんとなく前から不思議に思っていた
ーーどうしてこの人、あんなに雰囲気が浮いてるんだろう
背は高いし、顔立ちも整ってるように見えるのに
なのに何故か “地味” にまとまっている
彼はそっと自分の席に座り、静かに教科書を机の上に揃えた
その仕草すら丁寧で整っている
私はなんとなく彼を見つめたままだった
すると
ふと、葵くんと目が合った
「…」
一瞬
ほんの一瞬だけ
彼の目が揺れた気がした
けれど、すぐに微かに笑って小さく頭を下げる
「…おはよう」
低く落ち着いた声だった
優しくて、柔らかい声
私は咄嗟に慌てて返す
「あ…お、おはよう…!」
その声に、なぜか少しだけ胸が高鳴った
初めて交わした言葉だった
***
それからの数日、私たちは特に話すわけでもなく
でも、時々目が合ったり
すれ違うたびに「おはよう」と軽く会釈を交わしたりしていた
不思議と、私は気になって仕方がなかった
誰にでも優しくて、穏やかで
でも女子たちも彼にはあまり絡みにいかない
「なんか、葵くんってさ…」
隣の席の友達が言う
「ちょっと近寄りがたいよね」
「うん、優しいけど話しかけにくい雰囲気ない?」
「なんか神秘的っていうか…」
そう
まさにそれ
葵くんは不思議な存在だった
優しく微笑んでるけど、どこか壁がある
私は思い切って聞いてみた
放課後、偶然廊下で一緒になった時
「ねえ…」
葵くんは少し驚いたように私を見た
「ん…?」
「なんか…その、葵くんって…あんまりみんなと話さないよね」
「…そうかな」
「うん。優しいのに、なんか女子たちも近寄りにくそうっていうか…」
一瞬、彼は視線を外した
そして小さく笑う
「僕、ちょっと…女子、苦手で」
「え…?」
「人混みも、あんまり得意じゃなくて…だから、なるべく目立たないようにしてる」
その言葉は妙に自然で、無理のない感じだった
けれどどこか、作られた自然さのようにも感じた
「ふうん…でもさ」
私はつい口にしてしまった
「葵くん、メガネ外したら…すごくかっこよさそう」
その瞬間
彼の動きがピタリと止まった
静かに、ほんの一瞬だけ見せた鋭い眼差し
その奥に潜んでいたのはーー
…まるで別人のような雰囲気だった
「…そう思う?」
低く落ちた声が、ほんのわずかに変わっていた
「う、うん…」
私は思わずうつむいた
それ以上何も言わず、彼はまた柔らかい微笑みに戻る
「…ありがとう。でも、僕にはこれがちょうどいいんだ」
「え…?」
「このメガネがあれば、余計な注目も浴びずに済む」
「…ふうん…」
私はその理由が妙に引っかかった
何かを隠しているような、守っているような
そして、その日を境にーー
私は【葵くんの秘密】が、少しずつ気になり始めた



