体育祭当日

空は綺麗に晴れ上がり
校庭は朝から生徒たちの声と音楽で賑やかだった

クラスごとに並んだテント
紅白の旗
応援の声

七海は緊張と期待で胸を高鳴らせていた

「おーい七海〜!バトンしっかり受け取ってよ!」
「頼んだぞアンカー!」

クラスの男子たちが声をかけてくる

七海は軽く手を振りながらも、チラっと向こうにいる葵を探していた

ーーいた

葵は静かに、でも自然な笑顔で同じクラスの男子と話していた

「葵くんってさ、ほんとに足速いよね」
「リレーの一走頼んだぞ〜」

「うん、任せて。頑張るよ」

“僕”の穏やかな声で返している

周りの女子たちも、さりげなく視線を送っていた

「やっぱイケメンだよね…」
「静かなのにかっこいい…」
「隠れ人気男子だよね〜」

七海はその声を聞きながら
また胸の奥がチクリとざわめいた

(……私の彼氏なんだけどな)

だけど今は
それを公にはできない

誰にも知られていない秘密の関係

ふたりだけが知っている
甘い秘密

***

午前中の競技が終わり
午後の種目は借り物競走だった

「よーし、借り物走行くぞー!」

司会の声が響き
次々とお題の紙を引いた生徒たちが走り出していく

七海の順番が回ってきた

緊張しながら紙を開くと、そこには

《好きな人》

「……っ!」

七海は一瞬、息を飲んだ

(うそでしょ…!)

顔が一気に熱くなる

(どうすれば…)

七海の視線が
自然と葵の方へ向いた

葵は一瞬こちらを見て
誰にも気付かれないように、ほんのわずか口角を上げた

ーー来いよ、と言ってるみたいに

七海の足は自然に動いていた

他のクラスメイトたちも、ざわざわし始める

「誰連れてくんだろ?」
「え?もしかして…」
「まさか葵くん?いやいや…」

七海はドキドキしながら
葵の腕をそっと掴んだ

「……来て」

葵は微笑みを崩さず、静かに歩き出す

「うん。七海がそう言うなら」

ふたりでゴールテープを切った瞬間
周囲は軽くどよめいた

「え…まじで葵くん!?」
「誰!?今、好きな人って…」
「え、ふたりって、そういう感じなの…?」

七海の顔はもう真っ赤だった

(やばい、バレたかも…)

でも葵は、あくまでもいつもの柔らかい”僕”のままだった

「ありがとう。呼んでくれて嬉しかったよ」

その微笑みの奥に
七海だけが知っている”俺”の独占欲が隠れていることを
誰も知らなかった

***

午後最後のメインイベントはクラス対抗リレー

葵は一走
七海はアンカーに選ばれていた

スタートの合図が鳴る

葵は軽やかなフォームで一気にトップへ出る

速い

“僕”の仮面を被ったままでも
その身体能力はまるで別人のようだった

バトンは順調に繋がれ
最後は七海へ

「七海ー!頼んだー!!」
「いけー!!」

声援を浴びながら必死に走る七海

ゴール目前
隣のクラスと競り合いになる

(負けたくない…!)

最後の力を振り絞って走り抜けた

ゴールテープを切ると、わずかな差で勝利

「やったー!」
「勝ったぞー!!」
「アンカー七海、ナイスー!!」

クラス中が歓声に包まれる中

七海はゼーゼーと息を切らせていた

そのとき

「……お疲れ」

葵がそっと後ろから声をかけてきた

「頑張ったな」

“僕”の優しい声だったけど
その目だけは完全に”俺”だった

「…見てた?」

「当たり前だろ。ずっと見てた」

耳元にそっと囁かれ
七海の顔はまた真っ赤に染まった

周りの騒がしさの中で
ふたりだけの世界がそっと交差していた