数日後
学校は体育祭の準備期間に入っていた
放課後の体育館や校庭はいつもより賑やかで
クラスのテンションも自然と高くなっている
「ねえ、誰がリレー出るの?」
「葵くん脚速いんじゃない?」
「うわー!それ見たい〜!」
女子たちの視線は
やっぱり、静かにノートをまとめていた葵に集まっていた
「え?僕?いや…俺は、あまり…」
いつものように柔らかく苦笑いを浮かべて断る葵
ーー”僕”だ
クラスではまだ、あの穏やかで静かな優等生の彼
私は
みんなのその反応を横で見ながらまた胸がザワつく
(ほんとは…もっと全然違うのに)
(私だけ知ってる顔なのに…)
その時
葵と目が合った
一瞬
“僕”の柔らかな表情の奥に
あの甘い”俺”の視線が滲む
その瞬間
私の胸は跳ね上がってしまった
「ん?七海、今ちょっと顔赤くなってた?」
友達に軽くつつかれ
私は慌てて顔をそらす
「な、なんでもないよ!」
(…ほんとに、意地悪なんだから…)
***
準備の後半
クラス全員で作業を分担していると
女子数人がわざとらしく葵の周りに集まっていた
「ねえ葵くん、これ持ってくれない?」
「ここの高さ届かなくて〜!」
「さすが背高いね〜!」
正直
聞いてるだけでムズムズしてくる
けれど葵はいつもの穏やかな”僕”のまま対応していた
「うん、いいよ。気をつけてね」
「これくらいなら大丈夫だから」
それがまた余計に女子たちのテンションを上げていた
私はその場からほんの少し離れて
静かに作業していたけれど
(…あんなの見せられたら、ヤキモチ妬くに決まってるじゃん)
心の中で何度もつぶやいていた
その時
「おーい、七海ー!」
男子の一人が声をかけてきた
「え?」
「こっちの分、手伝ってくれない?」
「う、うん…!」
私は少し離れた男子たちのグループへ向かった
葵は
その様子を一瞬だけ
鋭い目で見ていた
***
その日の放課後
いつもの裏庭
今日もまた、ふたりきりの時間が始まる
「……ふーん」
葵はメガネを外し
低く甘い”俺”の声に戻っていた
「……何?」
七海が声をかけると
彼はニヤリと笑った
「さっき男子と話してたろ」
「え、あ、そ、それは…頼まれただけで!」
焦る七海をゆっくりと見下ろす
「別に怒ってねぇけどよ」
「……」
「ヤキモチくらい焼くに決まってんだろ」
言葉の最後に
顎先をそっと持ち上げられる
「俺以外の男に話しかけられて、楽しそうにしてんの見たら…」
顔が一気に近づく
「ちょっとイラっとすんだよ」
低く甘い声が耳元に響く
「……そ、そんなつもりじゃ…葵くんこそ…!」
「俺こそ?」
「女の子と…わたしだってやきもち…やいちゃったよ」
わたし
思わず口に出しちゃった…
「なんだそれ…まぢか」
一瞬だけ柔らかく微笑んだあと
彼はまた距離を詰める
「なぁ」
そのまま七海の腰に手を回す
「俺はお前のもんだろ?」
心臓が跳ね上がる
また
何も言えなくなる
「七海」
さらに声が低くなる
「そろそろ…ハッキリさせねぇ?」
「え…?」
ドクン…ドクン…
心臓が苦しくなるほど高鳴る
「ちゃんと言ってなかったよな」
七海は息を飲んだ
「俺と付き合って」
真っ直ぐな目で
静かに、だけど甘く強く囁かれた
今までみたいな焦らしじゃない
はっきりとした告白の言葉だった
七海は一気に涙が滲みそうになるほど胸がいっぱいになって
「……うん」
小さく
でもしっかりと頷いた
葵はふっと微笑み
「やっと言えたわ」
そっと額にキスを落とした
今までよりも
甘くて
優しくて
そして、どこまでも深い独占の始まりだった



