次の日の昼休み
私は友達と一緒に昼食を取っていた
クラスの中はいつもより少し賑やかで
話題の中心には、またしてもーー葵くんの名前
「ねえねえ、最近の葵くんってさ…なんか最近雰囲気変わってない?」
「わかる!なんかちょっと色気出てきたっていうか…」
「静かだけど逆にミステリアスだよね〜」
七海はその会話を聞きながら、胸の奥がまたざわついていた
(色気……)
…確かに
最近の葵は、私の前ではどんどん甘くて意地悪な表情を見せてくる
でも
それは私だけのものだったはずで
他の女子たちがそれに気づき始めてることが
どうしようもなくモヤモヤする
そんな気持ちのまま、午後の授業が始まった
その日の授業はグループワークだった
私の隣のグループに、偶然葵が入った
当然、周囲の女子たちは少しそわそわしていた
「ねえ葵くん、これってどう思う?」
「こっちの意見もありかな〜?」
「葵くんって頭良いし〜」
普段あまり話さない女子たちが
わざとらしく話しかけてくる
葵は
そのたびに柔らかい微笑みを浮かべながら淡々と返していた
「うん、こっちでもいいと思うよ」
「なるほど、そっちもありだね」
「ありがとう、参考になるよ」
ーー”僕”だ
そこではまだ、葵は”僕”の仮面を使っていた
でも私は知っていた
今の彼は、もう演じるのを面倒がっていることを
私は、内心少しムズムズしながら
そんなやり取りを眺めていた
(……私だけに見せてくれてる”俺”の顔……)
(みんな、知らないくせに…)
嫉妬という感情がじわじわと膨らんでいく
そんな私の視線に気づいたのか
一瞬だけ、葵がこちらを見た
その目が
一瞬だけ”俺”の目になった
柔らかな微笑みの奥に
鋭く、甘い独占欲が滲む視線
私はその視線を受け止めながら
また顔が熱くなるのを感じていた
授業が終わると
いつものように放課後のふたりきりの時間がやってきた
人気のない廊下の端で待っていた葵は
メガネを外しながら、すぐに”俺”に戻っていた
「よ」
低く甘い声
「……今日の授業、楽しそうだったね」
私が意地悪く言うと
彼はふっと微笑んだ
「見てた?」
「そりゃ見るよ。あんなに女子に囲まれてたら」
彼は少しだけ近づいてきた
「……あれ、俺は全然楽しくなかったけど?」
低く囁くように言いながら
そっと私の髪に指を絡める
「俺が誰と話してたって…」
「お前は、俺だけのだろ?」
ドクン、とまた心臓が跳ねた
「……けど、私も……ヤキモチくらい焼くんだから」
私がそう呟くと
彼はさらに顔を近づけてきた
「そっか…」
すぐ目の前に彼の顔がある
息が当たる距離
「ヤキモチ焼いてくれるの、悪くないな」
ほんの少しだけ
彼の唇が私の耳たぶに触れた
「……お前のそういうとこ、可愛いから」
心臓がバクバクとうるさく鳴る
彼はまたわざと
触れそうで触れないギリギリの距離で止めてきた
「…キスして欲しい?」
甘く低い声
私は
顔を真っ赤にしながら、小さく頷いてしまった
「ふふ……焦らしてるわけじゃないからな」
そのまま
葵はそっと、でもしっかりと唇を重ねてきた
柔らかくて
でも確かな存在感のあるキスだった
甘くて
意地悪で
そして、誰にも知られたくないふたりだけの秘密
唇が離れる瞬間
彼はまた囁いた
「…俺だけの七海、な?」
私はもう
何も言葉が出せなかった
ただただ、彼に溺れていく自分を感じていた



