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「じゃあ、そろそろ――肝試し始めるぞー!」
先輩の掛け声で
みんながわっと盛り上がった
ペアはくじ引きで決めることになっていて
結果は__
「お、樹と紬ちゃんペアだね」
「え……」
心臓が跳ねた
「大丈夫?」
樹先輩が優しく覗き込む
「……が、がんばります…!」
緊張とドキドキが混ざる
暗い森道をふたりでゆっくり歩いていく
波の音も消え、虫の声だけが響く静けさだった
「ほんとに平気?」
「す、少し怖いですけど…大丈夫です…」
ふと、樹先輩がそっとわたしの手首を軽く取った
「じゃあ、こうしておこうか」
「……!」
その手のぬくもりに
心臓が跳ねたまま落ち着かない
静かに歩きながら
樹先輩がぽつりと口を開いた
「こういう夜道歩いてると…物語のシーンみたいだね」
「……シーン?」
「登場人物が…静かに距離を縮めていく場面とかさ」
また胸が少しだけざわつく
(……今のわたしたち、みたい…)
暗闇の中でも
樹先輩の声だけはずっと優しかった
しばらく無言のまま歩いたあと
小さく深呼吸して、わたしが口を開いた
「……あの、先輩」
「ん?」
「さっき……星を見てたときのお話……」
樹先輩は静かに振り返る
「『二人の放課後、約束の先で』のこと?」
「……はい」
心臓がまたドクドク鳴る
「それ……」
息を整えるように、一度目を閉じた
「わたしが、高校のときに書いた小説です」
一瞬、樹先輩の足が止まった
「……え?」
わたしは小さく俯きながら、うなずいた
「ほんとに……?」
「……はい…」
波音が静かに響く中
樹先輩はしばらく黙っていたけど
ふわっと優しく微笑んだ
「……すごいなぁ」
「……え?」
「まさか、こんな偶然だったなんて」
優しい声が胸に沁みていく
「……ずっとあの作品、好きだったんだ」
心臓がまた跳ねた
「誰が書いたんだろうって、ずっと思ってたけど…」
わたしは恥ずかしくて顔を上げられなかった
「……ほんとに素敵な物語だったよ」
「……ありがとうございます…」
暗闇の中でも
その優しさは、すぐ近くにあった
静かなドキドキだけが
ずっと胸に鳴り響いていた__
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