現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

週末の昼下がり。

人通りの多い繁華街、ショッピングモールの周辺で、飛鳥と遥真は待ち合わせをしていた。

「じゃあ、今日は“街中デート”実演ってことで」

飛鳥がそう言うと、遥真は小さく頷いた。

「はい。自然な“手つなぎシーン”、ですね」

彼の声には、いつもよりほんの少しだけ硬さが混じっていた。

「この前、壁ドンをやったときに比べたら、こっちのほうが……楽かも?」

そう言いながら、飛鳥は無理やり明るく笑ってみせた。

けれど内心は、まったく“楽”ではなかった。

手をつなぐ。

ただそれだけのことなのに、今日の服を選ぶ時間も、集合場所に向かう足取りも、どこかぎこちなくて。

(あくまで取材の一環。これは、脚本のため)

心にそう言い聞かせながらも、気づけば指先に意識が集中してしまう。

「……じゃあ、行きましょうか」

遥真がそう言い、右手を差し出した。

ほんの一瞬、躊躇して——飛鳥も、その手に自分の手を重ねる。

ぴたり、とつながれた手。

思ったよりも、力強く。

(……あれ?)

歩き出してから数分。通りすがるカップルや家族連れ、スマホを見ながら歩く若者たち。その雑踏の中、飛鳥はふと、遥真の手に意識を向けた。

ぎゅっと握られた指。

その手のひらが、ほんのわずかに——震えている。

驚いて、思わず横顔を覗き込んだ。

遥真はまっすぐ前を向いて歩いている。

眉間にはうっすらと力が入り、唇は結ばれていた。

(緊張……してるんだ)

“演技”だと言っていたけれど、今、彼は本気でこの瞬間に向き合っている。

そのことに気づいたとき、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

自分よりも、彼のほうがずっと真剣で、不器用で、一生懸命。

そして、その真っ直ぐな思いが——怖いくらい、まぶしくて。

「……あのさ」

歩きながら、飛鳥は口を開いた。

「今日の台本、仮のままでいいから……いっしょに書いてみない?」

「えっ?」

「たぶん……あなたと私じゃないと書けないシーンが、ある気がして」

遥真は驚いたように目を見開き、それから、そっと微笑んだ。

「……はい、僕も、そう思います」

人ごみの中、ふたりの手は確かに結ばれていた。

ただの演技のはずだった。

けれど、今、つながれているのは——指先だけじゃなかった。