現実は、恋愛ドラマよりも甘く~恋を知らない俳優と、恋を書けない脚本家~

久遠遥真の告白を受け、飛鳥の胸の内には複雑な感情が渦巻いていた。

若手俳優として今まさに注目されつつある彼が、恋愛未経験だと打ち明けてくれた。それも、真剣なまなざしで、自分の不安や覚悟を隠すことなく。

(……そんなにまっすぐに言われたら、こっちもごまかせないじゃない)

飛鳥はコーヒーカップをそっと置き、視線をテーブルに落とした。

「私もね、実は……恋愛を書くの、苦手なの。というか……避けてきたの」

驚いたように遥真が目を見開く。

「えっ、でも飛鳥さんって、すごい脚本家で……」

「ミステリーは得意よ。死体はたくさん転がしてきた。でもね、恋はひとつもうまく書けなかった」

自嘲気味に笑った自分に、思わず苦笑いがこぼれる。

「……実は、私にも昔、ちょっと苦い恋があって。あの時、どうしようもなく傷ついて……それ以来、恋愛ってものに正面から向き合うのが怖くなっちゃったの。書くのも、想像するのも、避けてた」

遥真は黙って、真剣なまなざしで飛鳥の言葉に耳を傾けていた。

「だからね、今回の仕事を受けたとき、内心すごく迷ったの。私にできるのかなって。でも……自分を変えるには、ちょうどいい機会かもしれないって思ったの」

照れ隠しにカップを口に運び、冷めたコーヒーに顔をしかめた。

「……変わるって、怖いですよね」

遥真がぽつりと呟いた。

「でも、今回が初主演なんです。だから、僕も怖くても逃げたくない。恋愛がどんなものか、本当のところはわからないけど……ちゃんと演じられるように、努力したい」

飛鳥は思わず笑った。

「じゃあ、どっちも初心者ってことね」

「……はい。変なペアですね」

「いいえ、面白いペアよ」

そして、ふたりは改めて見つめ合う。

言葉はなかったが、その視線の奥に「一緒にやっていこう」という静かな決意が宿っていた。

——恋を知らない俳優と、恋を書くことを避けてきた脚本家。

そんなふたりが、恋愛ドラマを作る。

困難は、これからいくらでも訪れるだろう。

けれど、同じ方向を向いて進めば、きっと物語は動き出す。

遥真は、真剣な顔でうなずいた。

その瞬間から、物語はふたりの“恋愛”を描き出すだけでなく、自分自身と向き合う“再生”の物語になり始めていた。