朝の光が窓辺を柔らかく照らしていた。
飛鳥はプロデューサーの立花からの連絡で、主演が正式に決定したと知らされた。
「主演、久遠遥真くんに決まったよ。知ってる?アクションで人気出てきた若手だよ」
久遠遥真。名前は知っていた。数年前に映画の端役で登場して以来、次々と話題作に出演し、アクションシーンの切れ味と本物の空手経験を活かした迫力で注目を集めている。
だが、今回のドラマには少し珍しい配役だった。
(恋愛ドラマ、初挑戦……彼で大丈夫なのかな)
一抹の不安を抱えつつも、初顔合わせの日を迎えた。
指定されたカフェ。落ち着いた照明、壁際の席に座っていたのは、控えめな色のシャツを着た久遠遥真だった。
「美園さん……今日はお時間ありがとうございます」
初対面の印象は、スクリーンの印象とはまるで違っていた。鋭さよりも、誠実さ。目の奥に宿る真面目な光が印象的だった。
「いえ、こちらこそ。主演をお引き受けいただいて、光栄です」
ぎこちないながらも礼儀正しいやりとり。その後、スタッフを交えての簡単な企画説明とキャラクターの背景共有を終え、少し雑談を交えての歓談時間となった。
打ち合わせが終わり、解散するタイミングで、遥真が口を開いた。
「……あの、美園さん。僕から、どうしてもお伝えしておきたいことがありまして」
真っ直ぐな声。どこか張りつめた空気。
打ち合わせに同席していたスタッフたちが「では、私たちはこれで失礼しますね」と言い、二人きりになった。
飛鳥は思わず背筋を伸ばす。
「……なんでしょう?」
「実は、僕……その……恋愛経験が……ありません」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が脳に届かず、飛鳥はまばたきを繰り返した。
遥真は焦ったように手を振った。
「いえ、あの、変な意味じゃなくてですね。僕、中高男子校だったんです。で、空手に打ち込んでいて、もう毎日道場と学校の往復で……女の子と話す機会もほとんどなくて」
「あ……ああ、なるほど」
「それで、俳優になってからもずっとアクションの仕事が多くて、現場も男性ばかりで……恋愛ドラマに出るのも、今回が初めてなんです」
飛鳥は言葉を失っていた。
(えっ、この人……本当に“初恋”レベル?)
彼女の頭の中では、ドラマのヒーロー像が揺らいでいた。経験豊富な色男を演じるはずが、まさかの純情剣士登場とは。
だが、遥真の瞳は真剣だった。
「それでも、初めての主演ですし、しっかり演じたいんです。恋愛経験がなくても、台本と役を通して、全力で向き合いたい。だから、美園さんの脚本に、僕も真剣に向き合います」
……その一言に、飛鳥の胸が打たれた。
恋愛未経験?——なら、これは逆に“リアルな不器用さ”を描けるかもしれない。
恋を知らない者が、初めて誰かを好きになる。そのぎこちなさ、心の動揺。それはむしろ、飛鳥自身にも共通するものだった。
「……わかりました。では、こちらも覚悟を決めます」
「……覚悟?」
「ええ。あなたの“初恋”——脚本で預からせてもらいます」
遥真が、少しだけ頬を赤らめた。
恋愛ドラマとしての物語が、少しずつ動き出していく予感がした。
飛鳥はプロデューサーの立花からの連絡で、主演が正式に決定したと知らされた。
「主演、久遠遥真くんに決まったよ。知ってる?アクションで人気出てきた若手だよ」
久遠遥真。名前は知っていた。数年前に映画の端役で登場して以来、次々と話題作に出演し、アクションシーンの切れ味と本物の空手経験を活かした迫力で注目を集めている。
だが、今回のドラマには少し珍しい配役だった。
(恋愛ドラマ、初挑戦……彼で大丈夫なのかな)
一抹の不安を抱えつつも、初顔合わせの日を迎えた。
指定されたカフェ。落ち着いた照明、壁際の席に座っていたのは、控えめな色のシャツを着た久遠遥真だった。
「美園さん……今日はお時間ありがとうございます」
初対面の印象は、スクリーンの印象とはまるで違っていた。鋭さよりも、誠実さ。目の奥に宿る真面目な光が印象的だった。
「いえ、こちらこそ。主演をお引き受けいただいて、光栄です」
ぎこちないながらも礼儀正しいやりとり。その後、スタッフを交えての簡単な企画説明とキャラクターの背景共有を終え、少し雑談を交えての歓談時間となった。
打ち合わせが終わり、解散するタイミングで、遥真が口を開いた。
「……あの、美園さん。僕から、どうしてもお伝えしておきたいことがありまして」
真っ直ぐな声。どこか張りつめた空気。
打ち合わせに同席していたスタッフたちが「では、私たちはこれで失礼しますね」と言い、二人きりになった。
飛鳥は思わず背筋を伸ばす。
「……なんでしょう?」
「実は、僕……その……恋愛経験が……ありません」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が脳に届かず、飛鳥はまばたきを繰り返した。
遥真は焦ったように手を振った。
「いえ、あの、変な意味じゃなくてですね。僕、中高男子校だったんです。で、空手に打ち込んでいて、もう毎日道場と学校の往復で……女の子と話す機会もほとんどなくて」
「あ……ああ、なるほど」
「それで、俳優になってからもずっとアクションの仕事が多くて、現場も男性ばかりで……恋愛ドラマに出るのも、今回が初めてなんです」
飛鳥は言葉を失っていた。
(えっ、この人……本当に“初恋”レベル?)
彼女の頭の中では、ドラマのヒーロー像が揺らいでいた。経験豊富な色男を演じるはずが、まさかの純情剣士登場とは。
だが、遥真の瞳は真剣だった。
「それでも、初めての主演ですし、しっかり演じたいんです。恋愛経験がなくても、台本と役を通して、全力で向き合いたい。だから、美園さんの脚本に、僕も真剣に向き合います」
……その一言に、飛鳥の胸が打たれた。
恋愛未経験?——なら、これは逆に“リアルな不器用さ”を描けるかもしれない。
恋を知らない者が、初めて誰かを好きになる。そのぎこちなさ、心の動揺。それはむしろ、飛鳥自身にも共通するものだった。
「……わかりました。では、こちらも覚悟を決めます」
「……覚悟?」
「ええ。あなたの“初恋”——脚本で預からせてもらいます」
遥真が、少しだけ頬を赤らめた。
恋愛ドラマとしての物語が、少しずつ動き出していく予感がした。



