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──それは、ほんの小さな違和感だった
いつもと変わらない朝
目を開けると、隣には奏がいる
「おはよう、えな」
優しく微笑んで
私の髪をそっと撫でてくれる
「…おはよう」
私は自然と微笑み返して
奏の腕の中に甘えるように潜り込む
それだけで
胸の奥がじんわりと温かくなるのに──
「…ねぇ、奏」
「ん?」
私は、昨日からずっと心に引っかかっていたことを
ぽつりと口にした
「昨日…キッチンに立ってた時」
「ん?」
「…一瞬だけ、奏が消えた気がしたの」
奏の手が
わずかに止まる
「……気のせいだよ」
「本当に?」
「うん
ちゃんと今こうして、触れてるだろ?」
奏はそう言って
私の手を優しく包み込む
でも──その温もりが、逆に少しだけ怖かった
「……でも、なんか怖くなったの」
「消えちゃうんじゃないかって思ったら、苦しくなる」
「えな」
奏は、私の頬を両手でそっと包み込んだ
「俺は簡単に消えたりしない」
「……簡単には、でしょ?」
私は思わず、小さく睨むように見上げた
奏は苦笑して
そのまま額にキスを落とした
「そうだよ
だから──えなが俺のこと、いっぱい想ってて」
「……またそれ」
「だってそれが、俺をここに留めてくれてるんだから」
私の胸が、じわじわと締め付けられていく
『想い続けないと、消えてしまう』
その言葉は、優しいようで残酷だった
「ずるい…ほんとに奏はずるい」
「そうかもな」
「…でもね」
私は、奏の胸元に顔を埋めたまま、震える声で呟いた
「それでも、奏がいなくなるくらいなら
ずっと、必死に想い続けるから」
「俺も…えなの隣に、ずっといたいから」
優しく抱きしめる腕に
私は身を預けた
──でも、心の奥のざわめきは
消えずに残り続けていた
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