ところが、いざコックピットでシステムを立ち上げようとした時だった。
「Battery ON, APU Master START……」
スイッチを入れてもインジケーターは点かず、起動音も聞こえない。
「入らないですね、APU完全にアウトです」
左席の伊沢はガクッとうなだれた。
「頼むよ、よりによってこんな日に」
航空機のエンジン始動は、通常APU(補助動力装置)から供給される高圧空気によって行われるため、もしAPUが故障すればASUというエアスターターユニットやGPU(外部電源)が必要になる。
手間も時間もかかり、多少の遅延は免れない。
そもそも故障した状態で飛んでいいのかどうかも、Minimum Equipment List、通称MELによって厳格に運用許容基準が決められていた。
航空機に故障が生じた時、運航の安全を害さない範囲でその故障の修理を持ち越すことが出来るかどうかをMELに則って判定し、整備士とパイロットの双方が合意する必要がある。
「伊沢キャプテン、私にとっては日常の範囲内ですよ。整備さんに連絡しますね」
「なんと頼もしい。頼む」
恵真は淡々とカンパニーラジオで整備士を呼ぶ。
すぐさま整備士が駆けつけた。
「MELでいけます。ASUとGPUで対応しますね」
「はい、よろしくお願いします」
恵真はタブレットで会社の運航支援システムを開き、オペレーションコントロールセンターにメッセージを送信した。
『APU INOP. Request MEL 49-01-01. ASU and GPU available.』
しばらくして返信が来る。
『MEL 49-01-01 applied. Reconfirm CREW READY.』
恵真は顔を上げて伊沢に報告した。
「OCCからMEL適用許可の返信ありました」
「了解。じゃあCREW READY再送お願いします」
「はい、CREW READY再送信します」
今度は伊沢がグランドスタッフに呼びかけた。
「プッシュバックまでPCA(空調用エア)維持出来ますか?」
機内の空調も地上から供給してもらわなければならない。
『10分が限界です。なるべく出発急いでください』
真冬の深夜は機内もかなり冷え込む。
恵真はインターホンでキャビンのCAを呼び出した。
『はい、L1佐々木です』
「コックピット藤崎です。APUの不具合により、機内の暖房が一時的に外部から供給されています。温度調節が不安定ですので、早めにドアクローズ出来ればと思います。ご協力お願いします」
『承知しました。スムーズなご搭乗を心がけます』
「よろしくお願いします」
佐々木の言葉通り、いつもより早く乗客の搭乗が完了した。
キャビンの最終ドアが閉まり、ドアモードが「ARMED」に切り替わる。
通常ならプッシュバックの間にエンジンをスタートさせるが、今回は手順が違った。
伊沢がヘッドセットマイクでグランドスタッフに指示を出し、スポットに停止したまま左側のエンジンのみスタートさせる。
次に恵真が管制官に許可をもらい、トーイングカーでプッシュバックを開始。
安全な場所まで来ると停止して、パーキングブレーキをセットし、トーイングカーを外してもらう。
「Equipment, all disconnect.」
装置を全部取り外して全員退避してもらうと、左エンジンの圧縮空気を使うクロスブリードスタートで、ようやく右エンジンもスタートした。
伊沢はグランドスタッフにサムアップサインを送る。
「Both engines stable.」
『了解です。行ってらっしゃい!』
「サポートに感謝します。ありがとうございました。行ってきます」
地上走行に入り、恵真は「Before Takeoff Checklist」を読み上げる。
「Flight Controls — Checked」
「Flaps — Set 5」
「Bleeds — Engine only, APU off」
「Packs — On」
「Transponder — TA/RA」
「Cabin — Ready」
恵真は最後にもう一度、APU offの項目に目をやった。
本来であれば、非常時のパワーバックアップとして、APUはまだ回り続けているはずだった。
でも今は違う。
万が一、電源系統の異常が起きれば、頼れるのはエンジンだけだ。
(フライト中、いつも頭の片隅に置いておかなければ)
恵真は前方に浮かび上がる深夜の誘導灯を見据えて、表情を引き締めた。
「Battery ON, APU Master START……」
スイッチを入れてもインジケーターは点かず、起動音も聞こえない。
「入らないですね、APU完全にアウトです」
左席の伊沢はガクッとうなだれた。
「頼むよ、よりによってこんな日に」
航空機のエンジン始動は、通常APU(補助動力装置)から供給される高圧空気によって行われるため、もしAPUが故障すればASUというエアスターターユニットやGPU(外部電源)が必要になる。
手間も時間もかかり、多少の遅延は免れない。
そもそも故障した状態で飛んでいいのかどうかも、Minimum Equipment List、通称MELによって厳格に運用許容基準が決められていた。
航空機に故障が生じた時、運航の安全を害さない範囲でその故障の修理を持ち越すことが出来るかどうかをMELに則って判定し、整備士とパイロットの双方が合意する必要がある。
「伊沢キャプテン、私にとっては日常の範囲内ですよ。整備さんに連絡しますね」
「なんと頼もしい。頼む」
恵真は淡々とカンパニーラジオで整備士を呼ぶ。
すぐさま整備士が駆けつけた。
「MELでいけます。ASUとGPUで対応しますね」
「はい、よろしくお願いします」
恵真はタブレットで会社の運航支援システムを開き、オペレーションコントロールセンターにメッセージを送信した。
『APU INOP. Request MEL 49-01-01. ASU and GPU available.』
しばらくして返信が来る。
『MEL 49-01-01 applied. Reconfirm CREW READY.』
恵真は顔を上げて伊沢に報告した。
「OCCからMEL適用許可の返信ありました」
「了解。じゃあCREW READY再送お願いします」
「はい、CREW READY再送信します」
今度は伊沢がグランドスタッフに呼びかけた。
「プッシュバックまでPCA(空調用エア)維持出来ますか?」
機内の空調も地上から供給してもらわなければならない。
『10分が限界です。なるべく出発急いでください』
真冬の深夜は機内もかなり冷え込む。
恵真はインターホンでキャビンのCAを呼び出した。
『はい、L1佐々木です』
「コックピット藤崎です。APUの不具合により、機内の暖房が一時的に外部から供給されています。温度調節が不安定ですので、早めにドアクローズ出来ればと思います。ご協力お願いします」
『承知しました。スムーズなご搭乗を心がけます』
「よろしくお願いします」
佐々木の言葉通り、いつもより早く乗客の搭乗が完了した。
キャビンの最終ドアが閉まり、ドアモードが「ARMED」に切り替わる。
通常ならプッシュバックの間にエンジンをスタートさせるが、今回は手順が違った。
伊沢がヘッドセットマイクでグランドスタッフに指示を出し、スポットに停止したまま左側のエンジンのみスタートさせる。
次に恵真が管制官に許可をもらい、トーイングカーでプッシュバックを開始。
安全な場所まで来ると停止して、パーキングブレーキをセットし、トーイングカーを外してもらう。
「Equipment, all disconnect.」
装置を全部取り外して全員退避してもらうと、左エンジンの圧縮空気を使うクロスブリードスタートで、ようやく右エンジンもスタートした。
伊沢はグランドスタッフにサムアップサインを送る。
「Both engines stable.」
『了解です。行ってらっしゃい!』
「サポートに感謝します。ありがとうございました。行ってきます」
地上走行に入り、恵真は「Before Takeoff Checklist」を読み上げる。
「Flight Controls — Checked」
「Flaps — Set 5」
「Bleeds — Engine only, APU off」
「Packs — On」
「Transponder — TA/RA」
「Cabin — Ready」
恵真は最後にもう一度、APU offの項目に目をやった。
本来であれば、非常時のパワーバックアップとして、APUはまだ回り続けているはずだった。
でも今は違う。
万が一、電源系統の異常が起きれば、頼れるのはエンジンだけだ。
(フライト中、いつも頭の片隅に置いておかなければ)
恵真は前方に浮かび上がる深夜の誘導灯を見据えて、表情を引き締めた。



