『天空の美容室』~あなたに出会って人生が変わった~【野いちごバージョン】


 カットと違って今度は目を開けて作業を見ていると、両耳に色がつかないようにカバーをかけてから、ヘアマニキュアを塗布(とふ)する作業が始まった。
 プシュという音と共に黒い泡のようなものがブラシの(くし)の間から出てきたと思ったら、それを髪を()かすようにつけていき、数分で髪が黒くなった。
 髪型はオールバック、つまり、すべての髪が後ろに()でつけられていた。

「このまま15分ほど置きますので、雑誌でもお読みになってください」

 そして、タイマーをセットし、「コーヒーになさいますか、それともお茶がよろしいですか」と(たず)ねてきた。

「コーヒーを、ホットでお願いします」

「お砂糖とミルクはいかがいたしましょう」

「二つともお願いします」

 運んできてくれたコーヒーを飲みながら、さり気なく店内を観察した。
 客は全員女性で、美容師との会話に夢中になっていた。
 自分のこと、家族のこと、仕事のこと、趣味のこと、いろんな会話が飛び交っていたが、プライバシーに関する内容が多かったので驚いた。

 そんなことまで話すんだ……、

 わたしの耳はダンボ*になった。
 その時、

「よしの!」

 店長がまた彼女を呼んだ。
 何かを指示しているようだった。

 吉野さんか~、 
   
 頭の中で漢字に変換したわたしは彼女に向かって、〈これからも担当になってくれたらいいな〉とキビキビ動く姿を見ながら心の声をかけた。


*ダンボ…ディズニーのアニメに出てくる空を飛べる子供のゾウの名前。そのことから、ゾウの耳のように大きくなって、聞き耳を立てるという意味で「耳がダンボになる」という表現が使われるようになった。