『天空の美容室』~あなたに出会って人生が変わった~【野いちごバージョン】


 直感で3店舗に絞った。
 でも、すぐには決めない。
 先ずは見学して、直感が正しいのか確かめなければならない。

 期待して店に入ったが、1店舗目も2店舗目も中に入った瞬間、違和感を覚えた。
 何かはわからないが、ちょっと違うのだ。
 しっくりこないのだ。
〈探している店はここではない〉という心の声が聞こえたような気がしたのだ。
「あっ、すみません。間違えました」とちょっと頭を下げて、すぐに店を出た。

 残るのはあと1店舗になった。
 今度は余り期待せずに中に入った。

「いらっしゃいませ」

 その声はカウンターだけでなく、接客中の美容師からも発せられていた。
 しかも、とても明るい声で、前の2店とは感じが違っていた。
 だから緊張せずに声が出せた。

「初めてなんですけど、ちょっと見学してもいいですか?」

「見学ですか?」

 受付の女性は戸惑いのようなものを見せたが、「少々お待ちください」と言って、店の奥に小走りで向かった。
 すると、すぐに男性を連れて戻ってきて、店長だと紹介された。

 改めてお願いすると、その人はすぐに空いている椅子の方に手を向けた。

「どうぞ、こちらの椅子(いす)に掛けてごゆっくりなさってください」

 笑顔で包んでくれたので、礼を言って、その椅子に腰掛け、じっくりと観察させてもらった。

 美容師と客の会話が弾んで、笑顔が溢れていた。
 その会話もとてもフレンドリーな感じがしたし、美容師も客もいい表情をしていると思った。
 でも、早急に結論を出すつもりはない。
 雑誌を読む振りをしながら更に観察を続けた。

 その間にも予約客が次々に入ってきて、空いている椅子が無くなった。
 わたしは慌てて立ち上がり、席を空けた。
 見学の人間が偉そうに座っているわけにはいかないからだ。
 すると、若い美容師がどこからか椅子を持ってきて、「どうぞお座りになってください」と笑顔で勧めてくれた。
 メチャ感じが良かった。
 目配り気配りができているんだな、と感心した。
 その瞬間、この店に決めた。
 予約を入れた日は退職予定日の翌日だった。