ーー
蓮がいなくなってから――
私は
あの日の病院の音が
ずっと耳の奥に残っていた。
ピーーーーー
無機質な心拍計の音
何度思い出しても
胸が潰れそうになる。
部屋に戻ってからも
蓮の温もりが残る服を抱きしめて
泣いて泣いて――
それでも
お腹の中の命は
静かに、確かに
動き続けてくれていた。
「……蓮くん…」
「生まれてくるよ…もうすぐ…」
震える手で
大きくなったお腹を撫でる。
蓮と私の子供
“蓮音《れおん》”
蓮が最後の力で残してくれた
大切な名前。
ーー
予定日を少し過ぎた頃だった。
夜中――
急に激しい痛みが襲ってきた。
「ッ…は…!」
息が苦しくなる。
破水も始まり
私は慌ててタクシーを呼んだ。
病院へ向かう車内
蓮が隣にいてくれたら――
そんな思いが
胸を締め付ける。
「……蓮くん…見ててね…」
「この子…無事に産むから…」
涙を堪えながら
そう何度も呟いていた。
ーー
分娩室――
痛みは波のように押し寄せてきた。
「……ッあ…は…!」
汗が額から何度も落ちる。
息が整わず
呼吸が荒くなるたびに看護師が声をかけてくれる。
「もう少しです!頑張って!!」
“頑張るしかない”
蓮が
必死に守ろうとしてくれた命
絶対に…守り抜かなきゃ
「は…!ああ…!」
声が勝手に漏れた。
「もう頭見えてますよ!」
そこからは
必死だった。
涙も汗も、もう区別がつかなかった。
「……はぁ…っ…!!」
最後の力を振り絞って――
「――はい!産まれました!!」
その瞬間――
「おぎゃあ…!」
小さな産声が
病室いっぱいに響いた。
私は
息を切らしながら涙が溢れて止まらなくなる。
「…生まれてくれた…」
「ありがとう…ありがとう…」
看護師が
小さな命を私の腕にそっと抱かせてくれる。
小さくて、温かくて――
命が確かにここにいた。
「……蓮音…」
「あなたの名前だよ」
「パパがつけてくれたんだよ…」
赤ちゃんは
静かに眠っていた。
ほんの少し
蓮に似てる気がして
私はまた
泣きながら微笑んだ。
「蓮くん……」
「あなたの命は…ちゃんとここにいるよ」
「守り抜いたよ…一緒に…」
空っぽだったはずの心に
少しだけ
静かな温かさが灯っていた。
ーー



