ーー
それから数ヶ月――
お腹の中の命は
静かに、でも確実に育っていった。
つわりも落ち着きはじめて
少しずつ身体も慣れてきたころ。
私は
病院の定期健診を受けていた。
蓮は
毎回のように、忙しい合間を縫って
ついてきてくれてた。
無口な蓮が
診察室の隅でじっと私を見守ってる姿は
なんだか
可愛くて、愛しくなる。
ーー
「…性別、わかりましたよ」
先生が
優しく微笑みながら言った。
私はドキッとして
思わず蓮の方を見た。
蓮も
ほんの少し目を細めて先生を見つめる。
「女の子ですね」
その瞬間――
胸がじんわりと
熱くなっていくのを感じた。
「……女の子…」
蓮が、ぽつりと呟く。
その声は
どこか優しくて
でも少し震えているようにも感じた。
私は
自然と微笑んだ。
「…蓮くん、女の子だって」
蓮は
ゆっくりと頷くと
そっと私の手を握ってくれた。
大きくて、あたたかい手。
その手に包まれただけで
心がふわりとほどけていった。
「……無事に、産まれてこいよ」
蓮の低く静かな声が
お腹の中の赤ちゃんに向けられているようで
私は涙が出そうになるのを
必死に堪えた。
ーー
病院を出ると
空はもう夕暮れに染まっていた。
オレンジ色の空を見上げながら
蓮がぽつりと呟く。
「名前、もう考えたか?」
私は
思わず笑った。
「え?
まだ考えてなかったよ」
「そっか」
蓮はそれ以上は何も言わず
黙ったまま歩き出した。
私もその背中を追いかける。
──名前は
蓮がいつか
大切に決めてくれるんじゃないかと
その時なんとなく
そんな気がしていた。
ーー
…そして。
家族への報告の時が来た。
母と父に
きちんと伝えなければならない。
何度も頭の中で
練習した。
けど
目の前に座った両親を前にすると
胸の奥が苦しくなって
言葉が詰まりそうになった。
「…私、妊娠してるの」
やっと
その一言だけを絞り出した。
母は
ゆっくりと目を閉じ
父は
テーブルの上で手を組んだまま
何も言わなかった。
「相手は…例の人?」
母の声は震えていた。
私は
小さく頷く。
「不死蝶會の……一ノ瀬蓮くん」
部屋の空気が
一気に重くなる。
「美咲…」
母が
声を震わせながら続けた。
「どれだけ…どれだけ私たちが心配してきたか…わかる?」
「暴走族なんて世界の人間と
どうして…どうして――」
母の目から
涙が溢れ落ちる。
私も涙をこらえきれなくなって
声を震わせながら答えた。
「…蓮くんは…優しい人なの…」
「怖くなんかない」
「私のこと、いつも守ってくれてる」
「……もう、お腹には赤ちゃんがいるの…」
母は
嗚咽を漏らして肩を震わせた。
父は
じっと黙ったまま
ただ、強く強く
手を握りしめていた。
「…美咲」
父が
ゆっくりと口を開いた。
「親子の縁を…切る覚悟はあるか?」
その一言に
心臓がギュッと締め付けられた。
でも
私は
まっすぐ父の目を見つめた。
「……ある」
涙を流しながらも
はっきりと答えた。
「私は…蓮くんと生きる」
「この子と一緒に」
部屋に
長い沈黙が落ちた。
でも私は
もう一歩も引くつもりはなかった。
ーー



