伝えたい想いがあって
残したい記憶があって
けど、全部が指の隙間からこぼれていくようで
それでも菜亜は
最後の奇跡を、信じていた
だからこの章の終わりには――
たったひとこと
名前を呼ぶだけの、世界でいちばん大きな奇跡が起きる
⸻
9月の終わり
病院から「会いに来てほしい」と連絡がきた
「記憶の状態がかなり不安定で…でも、あなたの名前を時々口にしてます」
「“なあ”…と、確かに聞き取れました」
その言葉を聞いて
菜亜の目に、涙がにじんだ
(まだ――)
(まだ、わたしは悠の中にいる)
電車に揺られて数時間
病室の前に立ったとき、手が震えた
ノックをしても、返事はない
そっと扉を開けると
白いシーツの上、静かに目を閉じた悠がいた
「悠……」
その声に反応するように、まぶたがゆっくり動いた
「……誰?」
心臓が潰れそうだった
でも、菜亜は微笑んだ
「こんにちは。初めまして」
「……あなたに、すごく大事なものを届けにきました」
鞄から取り出したのは――
ふたりで書いた、記憶帳
「これ、あたしの宝物なの」
「だから、どうしても……渡したくて」
悠はぼんやりとそれを見つめたあと
小さく首をかしげた
「見ても……いい?」
「もちろん」
ページをめくる指先が止まるたびに
悠の眉がわずかに動いた
「傘、貸したこと……ある気がする」
「夜の橋……ここ、見たことある」
「……この笑ってる子、誰?」
菜亜は答えなかった
答えより、感じてほしかった
想いは、言葉より強いって信じたかった
最後のページにたどり着く
“俺は、菜亜を――”
そこで、指が止まった
悠の唇が、ゆっくり動く
「……菜亜」
その瞬間、世界が泣いた気がした
菜亜は、こらえきれずに涙をこぼす
「……よかった」
「それだけで、充分すぎるよ」
「……また、会える?」
「もちろん。また、会おう」
その“約束”が
ふたりにとって最後の言葉になることを
まだ誰も、知らなかった
残したい記憶があって
けど、全部が指の隙間からこぼれていくようで
それでも菜亜は
最後の奇跡を、信じていた
だからこの章の終わりには――
たったひとこと
名前を呼ぶだけの、世界でいちばん大きな奇跡が起きる
⸻
9月の終わり
病院から「会いに来てほしい」と連絡がきた
「記憶の状態がかなり不安定で…でも、あなたの名前を時々口にしてます」
「“なあ”…と、確かに聞き取れました」
その言葉を聞いて
菜亜の目に、涙がにじんだ
(まだ――)
(まだ、わたしは悠の中にいる)
電車に揺られて数時間
病室の前に立ったとき、手が震えた
ノックをしても、返事はない
そっと扉を開けると
白いシーツの上、静かに目を閉じた悠がいた
「悠……」
その声に反応するように、まぶたがゆっくり動いた
「……誰?」
心臓が潰れそうだった
でも、菜亜は微笑んだ
「こんにちは。初めまして」
「……あなたに、すごく大事なものを届けにきました」
鞄から取り出したのは――
ふたりで書いた、記憶帳
「これ、あたしの宝物なの」
「だから、どうしても……渡したくて」
悠はぼんやりとそれを見つめたあと
小さく首をかしげた
「見ても……いい?」
「もちろん」
ページをめくる指先が止まるたびに
悠の眉がわずかに動いた
「傘、貸したこと……ある気がする」
「夜の橋……ここ、見たことある」
「……この笑ってる子、誰?」
菜亜は答えなかった
答えより、感じてほしかった
想いは、言葉より強いって信じたかった
最後のページにたどり着く
“俺は、菜亜を――”
そこで、指が止まった
悠の唇が、ゆっくり動く
「……菜亜」
その瞬間、世界が泣いた気がした
菜亜は、こらえきれずに涙をこぼす
「……よかった」
「それだけで、充分すぎるよ」
「……また、会える?」
「もちろん。また、会おう」
その“約束”が
ふたりにとって最後の言葉になることを
まだ誰も、知らなかった



