最後に名前を呼べたなら ―君の記憶と、永遠に―

「これ、全部俺が書いたのか」

 

夜、机の前で記憶帳をめくっていた

それでも、いまだに思い出せないページも多い
けど――

 

「この字、ちょっと汚いな…でも、たぶん俺だな」

 

あの日の菜亜の声が、何度も蘇る

“これ、ふたりで作ったんだよ”
“ここには、全部が詰まってるんだよ”って

 

指が止まる

 

― まだ、言えてないこと ―

 

そこだけ、真っ白なままだった

俺が書くって、言ってたページかもしれない

 

何を書こうとしてたんだろう

思い出せないのが、悔しかった

 

 

次の日の昼休み

屋上にいた菜亜の横に、何も言わず座った

 

「悠」

「ん」

「……ちゃんと思い出せなくても、いいよ」

「無理して取り戻さなくていい。今の悠が、またわたしを好きでいてくれるなら、それで」

 

「……それでいいわけあるかよ」

 

俺は少しだけ苛立ちをこめて言った

 

「お前が全部くれたのに、俺だけ“もらったまま”で終わりたくない」

「思い出せなくても、もう一回ちゃんと伝えたい」

「お前が、どんだけ大事かってこと」

 

 

菜亜の目が、少しだけ揺れる

 

「……じゃあ、夏が終わるまでに答えて?」

「わたしがあげた気持ちに、ちゃんと“返事”くれる?」

 

「……ああ、約束する」

 

 

蝉の声が、遠くで鳴いていた

夏はまだ終わらない
でも確かに、終わりは近づいていた

 

(だから俺たちは今、もう一度)

(好きの全部を“今のままで”焼きつけてる)

 

 

数日後

ふたりは夏祭りに出かけた

菜亜は浴衣
悠はTシャツのままだけど、隣を歩くだけで心が熱かった

 

「ねぇ、こっち」

手を引かれて向かったのは――
あの、最初にふたりが手をつないだ、夜の橋

 

「ここ、覚えてる?」

 

「……なんとなく、な」

 

「じゃあ、もう一回」

「今のわたしたちで、記憶を上書きしよう」

 

そっと手を重ねて、指を絡める

夜風がふたりの間を通り抜けたけど
その温度だけは、ずっと変わらなかった

 

「……好きだよ、悠」

 

「……もう何回目だよ」

 

「でも、今の悠に言ってるのは初めて」

 

「……なら、俺も初めて言うわ」

 

悠は少し照れながらも、しっかり目を見て言った

 

「好き。今も、これからも、ちゃんと全部」

 

 

空を見上げた瞬間
夏の花火が、ふたりの記憶に刻まれていった

 

 

そしてこの日

悠は初めて
“何かを忘れたまま”じゃなく、ちゃんと“自分の意志で”記憶を刻んだ

 

だから菜亜は信じた

「これが、ふたりの夏の奇跡」だってことを