「なあ……これ、いつ書いた?」
放課後の教室
記憶帳を開いて、ふと気になった
3ページ目
“傘を一緒にさした日”――
そこに書かれた文章が
どこか“他人事”に見えた
「……悠、もしかして」
「うん、思い出せない」
「いや、読んでると、なんとなく浮かんでくるんだけど」
「でも、それが“実際にあったこと”なのか自信ない」
「……そっか」
菜亜の声は
すこし震えていた
(傘をさして、びしょ濡れになった菜亜が膨れて)
(俺がジャージ貸したあと、こっそり風邪引いたって)
(――そういう、些細なこと)
「でも、これだけは覚えてる」
俺は、そっとページの端に指をあてた
“この日、たぶん俺はまた菜亜に恋をした”
「……それがある限り、きっと大丈夫だろ?」
俺の言葉に、菜亜は
ちょっとだけ目を見開いて、笑ってくれた
「ほんと、ずるいんだから」
「……どうして?」
「そうやって、忘れててもちゃんと好きって伝えてくるとこ」
「ズルいよ」
その笑顔が
俺の記憶のどこかで、深く焼きついていく気がした
(全部忘れても、この人をまた好きになる)
(そう確信できるくらい、今の菜亜がまぶしい)
でも
その数日後
記憶帳の“あるページ”が破られてるのに気づいた
5ページ目
タイトルだけ残ってた
― 初めてのキス ―
内容が、消えていた
(俺が破った?)
(なんで? どうしてそんなこと――)
ページをなくした記憶さえ
俺の中には残ってなかった
その晩、菜亜が言った
「ねぇ悠、キスしたこと……覚えてる?」
「……ごめん」
泣きそうになる菜亜の目を見ながら
俺はその問いに、正直に答えた
でも
その次の瞬間
「じゃあ、またすればいいじゃん」
菜亜が、ちょっとだけ背伸びして
俺の唇に、そっと触れた
「これで、また“好き”って記憶、増えたでしょ?」
俺は不意に、涙がこぼれそうになった
でも、それを悟られないように
ただ、ぎゅっと抱きしめた
(何度でも――)
(何度でも、菜亜に恋して)
(何度でも、この手を離さない)
このときの俺はまだ
“記憶帳が意味を持つ”未来を知らなかった
けど、たしかにこの瞬間は
永遠だった



