最後に名前を呼べたなら ―君の記憶と、永遠に―

授業中
黒板の文字が、なんだか霞んで見えた

ノートに書いた文字も
どこか、まっすぐじゃなくて

 

(気を抜くと、泣きそうになる)

(でも泣いたら、悠がもっと苦しむから)

 

放課後、悠はまだ保健室にいた

少しフラついたらしくて、先生が休ませたって

 

ノックして入ると
ベッドに横たわる悠が、目を閉じてた

 

「……寝てる?」

そっと近づいたけど
その目が、ふいに開いた

 

「……なあ」

「菜亜か」

 

「びっくりした……ごめん、起こしちゃった?」

「いや、ずっとお前のこと考えてたから」

 

そう言って、薄く笑うその顔は
少しだけ、疲れて見えた

 

「……今日ね、思い出せなかったんだ」

「朝、どこから来たのか、何時に起きたのか…」

「全部、すっぽり抜けてて」

 

「でも、教室でお前の顔見た瞬間」

「“好きだ”って思った」

 

心臓が、きゅっと鳴った

 

「どうしてかわかんねぇけど、そう思った」

「体が覚えてんのかな…お前を」

 

悠は、冗談みたいに言ったけど
その目は真剣だった

 

「……悠」

 

わたしは、そっと手を伸ばした

悠の髪に、指を絡めて
静かに撫でる

 

「わたしも、そうなりたいな」

「悠の中に、何度でも残るくらいの存在に」

 

 

「なあ」

 

「うん」

 

「俺、学校辞めるかもしれない」

 

 

(え……?)

 

「親がさ、医者と話してて」

「治療に専念しようって話が出てんだ」

 

「そしたらもう、こうしてお前に会うことも…」

 

「……やだ」

思わず、言葉がこぼれた

 

「悠がいない学校なんて、考えたくない」

「……まだ、伝えてないことたくさんあるのに」

 

「覚えててほしいこと、いっぱいあるのに……!」

 

声が震えてた

だけど
それよりも強く、手を握った

 

「俺も……離れたくないよ」

「全部忘れても、お前だけは、覚えてたい」

「ずっと、ずっと……」

 

 

言葉が、詰まる

ふたりとも、もう泣きそうだった

でも泣く前に――

 

「だったらさ」

「わたしたちで、ちゃんと決めよ?」

 

「何が消えても、壊れても」
「変わらない“記憶”を作るって、ふたりで決めよ」

 

 

悠は、ゆっくりと頷いた

そして、そっと微笑んで言った

 

「それが……俺たちの“静かなる選択”だな」