「……悠、今日さ。放課後、一緒に帰ろ?」
昼休み、机に肘を乗せながら聞くと
悠はほんの少し、間を置いてうなずいた
「いいよ」
「でも、今日は部活で遅くなるかも」
「そっか、じゃあ校門で待ってていい?」
「……うん。待たせてごめんな」
そう言ってくれた笑顔に、ほっとする
(大丈夫、今はちゃんと、“ここ”にいてくれてる)
(昨日のことは、たまたま)
そんなふうに思いたかった
でも
“たまたま”は、何度も続かない
放課後
空は薄くグレーに染まっていて
風が強くて、髪が頬に当たるたびに心がざわついた
待ち合わせの時間を20分すぎても、悠は来なかった
LINEも既読にならない
心の中に、また“あの不安”が押し寄せてくる
「悠……」
小さくつぶやいた瞬間
後ろから声がした
「……菜亜」
振り返ると
悠が、息を切らせて立っていた
「遅くなってごめん」
「……ううん、大丈夫」
「今日さ、部活…なかったんだよ」
「え?」
「顧問が休みで、急に中止になって」
「でも、なんか俺……ずっと教室で待ってたっぽい」
「何か忘れてる気がして、ずっと」
胸が、ギュッと締めつけられた
(まただ)
(また、“同じようなこと”)
「ねえ、悠……最近、変だよ」
「……うん」
「自分でも、そう思う」
(もう、笑って誤魔化せない)
(おかしいことが、“ふたりの間”にまで染みてきてる)
「病院……行こう」
「ちゃんと、調べよ?」
「……ああ」
「……ごめんな、心配かけて」
悠が、頭を下げた
その肩が、小さく震えてるのがわかった
(ほんとは、一番怖いのは悠なんだ)
(忘れるってことが、どれだけ苦しいか
わたしにはまだ、ちゃんと想像できない)
でも
だからこそ、言いたかった
「わたし、ちゃんといるからね」
「どんな悠でも、大丈夫だから」
悠が、ぐっと唇を噛んだまま
顔を上げなかった
(でもその横顔は――泣きそうなくらい、強く見えた)



