最後に名前を呼べたなら ―君の記憶と、永遠に―

放課後
教室に残ったまま、菜亜はペンを走らせていた

 

「伝えたかったこと、全部言えたらいいのに」

「でも、いざ目の前にすると、うまく言葉にならなくて……」

 

ノートの端っこに
何度も何度も、書いては消して、また書いて

やっと出てきた言葉は

 

「……ありがとう」

 

だった

 

 

「わたし、悠のこと……ちゃんとわかってたつもりだった」

「でも、たぶん……何もわかってなかったんだと思う」

 

「強がってたのは、わたしの方だった」

「平気なふりして、勝手に不安になって
勝手に“好き”だけでつながってるって思ってた」

 

 

「……でもね」

「悠は、言葉にしなくても、ちゃんと行動で示してくれた」

「わたし、あのとき……あの瞬間
やっと“守られてる”って思えた」

 

「だから、伝えたいの」

「“ありがとう”って」

「そして……」

 

 

(ドアの外)

 

「……それ、俺が聞いててもセーフ?」

 

 

菜亜の手が止まる

慌てて後ろを振り返ると
悠が、ドアの前に立っていた

 

「えっ、い、いつから……っ!」

「“ありがとう”のとこから」

「……たまたま通っただけ」

 

菜亜は顔を真っ赤にして
ノートを隠すように閉じた

 

「見ないでよ……!」

 

「でも、嬉しかった」

 

悠が言った

 

「お前が何も言わなくても
俺が勝手に動いたこと、伝わったのが」

「……俺、あの時
お前の“本気”に気づいたから」

 

「だから、俺も
“本気で守ろう”って思っただけ」

 

 

菜亜は、何も言えなかった

 

でも次の瞬間――
悠の手が、菜亜の頭をポン、と軽く叩いた

 

「泣くの禁止な」

「……わたし、泣いてない」

「うそつけ、目、真っ赤じゃん」

 

「だって……バカ」

 

「……ありがと」

 

 

ふたりは静かに並んで
夕焼けに染まる教室を、しばらく見つめていた

 

 

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