最後に名前を呼べたなら ―君の記憶と、永遠に―


「……ごめん、待たせた」

夕暮れの空の下
悠は、少し息を切らしながら階段をのぼってきた

菜亜は、柵にもたれたまま、振り返らずに言った

 

「ううん、来てくれるって信じてたから」

 

その言葉は笑ってるように聞こえたけど
背中から伝わる空気は
どこか、張り詰めていた

 

「話って、何?」

菜亜が静かに言う

悠は数歩近づいてから
まっすぐその背中に向かって言った

 

「……お前さ、この前の放課後
俺が誰かといたの、見たんだろ」

 

菜亜はピクリと反応したけど
何も言わなかった

 

「…あれ、サプライズの準備してたんだよ
お前にプレゼント渡すための」

「ラッピング頼んでた子と話してただけ」

 

沈黙が落ちる

 

「……でも俺、何も言わなかったから
たぶん、お前に“不安”だけ残したよな」

 

ようやく、菜亜が振り返る

その目には、少しだけ光るものがあった

 

「……うん、不安だった」

「わかってた。悠はそういう人だって、わかってたけど…」

 

「わたし、もっと信じてるふりすればよかったのかなって、思ってた」

 

「違う」

悠が遮るように一歩前に出た

 

「信じてる“ふり”じゃなくていい
俺がちゃんと、言わなきゃいけなかっただけ」

 

「お前に気を使わせてんの、わかってたのに
俺、何も言えなかった」

 

「……好きとか言っても、うまく伝わる気がしなくて
だから黙ってた。でもそれが逆だった」

 

「言わなきゃ、伝わんねぇって……お前に言われた気がした」

 

その声が、風に揺れながら届いたとき
菜亜の目から、涙がぽろりと落ちた

 

「バカだよね……」

「でも、それでも…あたし、嬉しいよ」

「……ちゃんと話してくれて、ちゃんと、ここまで来てくれて」

 

悠はポケットから
丸めたティッシュを一枚出して、菜亜の涙にそっと差し出した

 

「お前さ、泣きすぎ」

「……うるさい」

 

泣きながら笑う菜亜に
悠も、小さく笑った

 

 

「じゃあ今度は、ちゃんと言うよ」

「言葉にするって、約束する」

 

「だから……もう一回言わせて」

 

「好きだよ、菜亜」

 

その言葉に、菜亜は頷いた

涙の代わりに
やわらかく笑って

 

「……わたしも、好きだよ」

 

 

ふたりは
また、ちゃんと繋がった

 

“誰かに壊されそうになった距離”を
ふたりの声で取り戻した

 

 

そして、背中にあたる夕陽が消える頃
誰もいない屋上には
風の音だけが、優しく残っていた