最後に名前を呼べたなら ―君の記憶と、永遠に―



 

「あっつ……」

制服のリボンを緩めて
駅の階段をのぼる

梅雨が明けたはずの空は、まだ曇り気味で
蒸し暑い空気だけが身体にまとわりついてた

「また寝坊じゃん…」

急いでポニーテールを結びながら歩いてると
スマホがブルって震える

 

『なあ、今日あの話するんでしょ?』
送ってきたのは、希衣(きい)
親友で、なんでも言い合えるタイプの子

「……うん、放課後ね」

指を滑らせて、そうだけ返した

 

 

放課後
クラスの女子数人が盛り上がってる話題の中心にいたのは
莉愛(りあ)と一華(いちか)
どちらも仲良いけど、いつも少し“距離”を感じる2人

話題はまた
「好きな人、できた?」ってやつ

菜亜は
笑ってごまかすのが得意なタイプだった

でも
この夏
何かが変わるような気がしてた

 

 

信号を曲がった先の交差点
走ってたら、前から歩いてきた男の子と肩が軽くぶつかった

「ごめ…っ」

目が合ったその一瞬
まるで心臓が止まったみたいに、息が詰まった

「……ううん、大丈夫。ありがと」

反射的にそう返したあと
なんでか知らないけど、足が止まりそうだった

走り出しても
心臓がずっと、変なリズムで鳴ってる

 

「誰……だったんだろ」

胸の奥で
何かがざわついた

初めて見た顔なのに
初めてじゃない気がした

 

 

その日の帰り道
蝉が鳴き始めた

小さな音だったけど
それが、夏の始まりを告げる合図だった

 

 

まだ
名前も知らない

でも
この日を、きっと一生忘れない