最後に名前を呼べたなら ―君の記憶と、永遠に―



「……ただいま」

玄関に響いた自分の声が、いつもより小さく感じた

スニーカーを脱ぎながら
さっきまで傘の中にいた空気を、何度も思い出す

 

濡れかけた制服の袖
さっきまで触れてた悠の肩の温度

どうして
こんなに全部、残ってるんだろうってくらい

 

 

部屋に入って、ベッドに倒れこむ

スマホを見たら、友達のグループLINEには
「雨やばくない?」とか「髪終わったー」みたいなやりとりが流れてる

でも
“あの傘の中のこと”は、誰にも言えない

 

言いたくないのか
言えないのか
自分でもよくわからなかった

 

 

「……あの人、なんなの」

ぽつりと口に出して
自分の声に、また胸がざわつく

怒ってるわけじゃない
呆れてるわけでもない

ただ
なんとなく、苦しくなる

 

さりげなく見える仕草のひとつひとつが
頭に焼きついて離れない

 

「……もっとこっち寄れよ」

思い出しただけで、背中まで熱くなる

あんなこと言われたら
勘違いしても、おかしくないのに

 

でも
勘違いでも、よかった

 

 

ほんの少しだけ
あの傘の中に、ずっといたかった

 

 

窓の外で
まだ雨が降ってる

その音を聞きながら
菜亜はまぶたを閉じた

 

次に目が覚めたときも
きっと最初に思い出すのは、あの声

 

 

「……おやすみ」

自分に向けたその言葉は
少しだけ震えていた