最後に名前を呼べたなら ―君の記憶と、永遠に―


 

「……うそ、降ってきた」

下駄箱を出た瞬間
ポツポツという音と、独特の土の匂いが鼻をかすめた

菜亜は空を見上げて
小さくため息をついた

 

「傘、持ってきてない……」

鞄の中を見ても、やっぱりない
天気予報、見落としてた

 

「……ほら」

 

ふいに差し出されたのは
黒い折りたたみ傘だった

声の主は、もちろん悠

 

「濡れるぞ。入れ」

そう言って、菜亜の手を軽く引いた

 

「えっ、でも……」

「俺が入れてんだからいいだろ。黙ってこっち来い」

 

そう言って傘の中にぐっと引き込まれる

肩と肩が、近い
というか、ほとんど触れてる

心臓が暴れてるのを悟られたくなくて
菜亜はそっと下を向いたけど

 

「お前、ちっせーな」

ぽつりと、そんなこと言ってくる

 

「なによそれ」


 

「濡れんだろ、もっとこっち寄れよ」

 

悠は、軽く肩を押し寄せるようにして
菜亜の方に傘をぐいっと傾けた

 

「俺が風下行くから。お前、濡れんの嫌だろ?」

 

不意に優しい声色に変わって
そのまま黙りこくった菜亜の横顔を
悠は一度だけ、ちらっと見た

 

ほんの少し、顔が赤かった

それに気づいたけど
何も言わずに、黙って前を向いたまま

 

 

「……ほら、歩け。家まで送ってやる」

 

その言葉は
まるで日常みたいに、さらっと言ったくせに

菜亜の鼓動は
さっきから一度も落ち着いてくれなかった