寝不足でお見合いしたら、結婚が決まりました

「何故、避けない?」
と慶紀が訊いてきた。

「いや、幻かと――」

 幻と思いたかったので避けなかったのだ。

 慶紀はおのれの肩を見下ろし、
「口紅がついただろ」
と言う。

「あっ、すみませんっ」

「いや、目立たない色だからいいが」
と慶紀は、そっとハンカチでスーツの肩についた口紅のあとを押さえ、とろうとする。

「あっ、ハンカチ、汚れますよ。
 私のハンカチ……

 ハンカチ、持ってない」

 このスーツにはポケットがないので持っていなかった。

 後ろから侑矢が、
「俺、持ってますよ」
とハンカチを差し出す。

 ……侑矢に女子力で負けたっ、と衝撃を受ける綾都の前で、慶紀は値踏みするように侑矢を見、

「いや、結構だ。
 ありがとう」
と断る。

 そのとき、離れた場所から一部始終を見ていたらしい、総務の村上浜子(むらかみ はまこ)という、小柄で丸顔の可愛らしい先輩が飛び出してきた。