雪乃は、うなされるようにして目を覚ました。
心臓がバクバクと喉元を叩く。
汗が額からこめかみを伝い、首元までじっとり濡れている。
(……まただ)
夢の中で、父の怒鳴り声と拳が迫ってきていた。
いつもの、繰り返す悪夢。
無意識のうちに縮こまっていた両肩が、びくりと震える。
ゆっくりと手を胸元へ当てる。
薄い布の下で、命の鼓動が確かに感じられる。
「……生きてる」
誰に言うでもなく、唇が動いた。
そのまま、ベッドサイドのタオルに手を伸ばし、額の汗をそっと拭う。
室内は静かで、心音だけが内側で反響している。
目覚めたことで、トイレに行きたくなった。
けれどナースコールを押すのは、なんとなく気が引けた。
そっとシーツをめくり、足を床に下ろす。
病室の扉を静かに開けると、ナースステーションにほんのり灯りが灯っていた。
すぐに看護師が気づいて、小走りに近づいてきた。
「どうされました?」
柔らかな声だった。
「……すみません。トイレに……」
申し訳なさそうに伝えると、看護師はほっとしたように頷いた。
「念のため、ご一緒しますね」
付添いなんて大袈裟な気がしたが、その気遣いが不思議と温かかった。
センサーでライトが点く通路を並んで歩く。足音だけが響く静寂の廊下。
「お化け……出そうですね」
ぽつりとつぶやいた雪乃に、看護師は思わず笑った。
「ほんと、そうですよね。私も慣れなくて……夜勤のたびにちょっとビクビクしてます」
他愛もない言葉のやりとりに、ほんの少し心が和らぐ。
トイレの個室に入り、用を済ませて出てくる。
手洗い場の蛇口をひねった瞬間――
ぶわっと耳の奥が詰まるような、異様な耳鳴りがした。
「……ッ」
視界がぐらりと揺れる。
重力が急に傾いたような、奇妙な浮遊感。
脚から力が抜け、ごみ箱に肩をぶつけながら、床に座り込むように崩れ落ちた。
看護師が驚いた声を上げた。
「大原さん、大丈夫ですか!?」
水は出しっぱなしのまま、目の前で光が歪む。
意識はある。なのに、腕も脚も重くて、まるで自分の身体じゃない。
喉が閉じるような息苦しさ。
胸がドクドクと苦しげに跳ねているのに、酸素がどこにも届いていない。
呼吸がうまくできない。
(どうして……?)
背中に汗がじっとりと滲み出す。
膝の上に手を置こうとしても、指先がわずかに震えるばかりだった。
目の前で看護師がPHSに手を伸ばす。
何かを呼び出し、真剣な声で何かを伝えている。
雪乃はただ、朦朧とした意識の中で、自分の脈拍が遠ざかっていくのを感じていた。
(……もう、限界なのかな)
小さなつぶやきは声にもならず、唇の奥で消えていった。
心臓がバクバクと喉元を叩く。
汗が額からこめかみを伝い、首元までじっとり濡れている。
(……まただ)
夢の中で、父の怒鳴り声と拳が迫ってきていた。
いつもの、繰り返す悪夢。
無意識のうちに縮こまっていた両肩が、びくりと震える。
ゆっくりと手を胸元へ当てる。
薄い布の下で、命の鼓動が確かに感じられる。
「……生きてる」
誰に言うでもなく、唇が動いた。
そのまま、ベッドサイドのタオルに手を伸ばし、額の汗をそっと拭う。
室内は静かで、心音だけが内側で反響している。
目覚めたことで、トイレに行きたくなった。
けれどナースコールを押すのは、なんとなく気が引けた。
そっとシーツをめくり、足を床に下ろす。
病室の扉を静かに開けると、ナースステーションにほんのり灯りが灯っていた。
すぐに看護師が気づいて、小走りに近づいてきた。
「どうされました?」
柔らかな声だった。
「……すみません。トイレに……」
申し訳なさそうに伝えると、看護師はほっとしたように頷いた。
「念のため、ご一緒しますね」
付添いなんて大袈裟な気がしたが、その気遣いが不思議と温かかった。
センサーでライトが点く通路を並んで歩く。足音だけが響く静寂の廊下。
「お化け……出そうですね」
ぽつりとつぶやいた雪乃に、看護師は思わず笑った。
「ほんと、そうですよね。私も慣れなくて……夜勤のたびにちょっとビクビクしてます」
他愛もない言葉のやりとりに、ほんの少し心が和らぐ。
トイレの個室に入り、用を済ませて出てくる。
手洗い場の蛇口をひねった瞬間――
ぶわっと耳の奥が詰まるような、異様な耳鳴りがした。
「……ッ」
視界がぐらりと揺れる。
重力が急に傾いたような、奇妙な浮遊感。
脚から力が抜け、ごみ箱に肩をぶつけながら、床に座り込むように崩れ落ちた。
看護師が驚いた声を上げた。
「大原さん、大丈夫ですか!?」
水は出しっぱなしのまま、目の前で光が歪む。
意識はある。なのに、腕も脚も重くて、まるで自分の身体じゃない。
喉が閉じるような息苦しさ。
胸がドクドクと苦しげに跳ねているのに、酸素がどこにも届いていない。
呼吸がうまくできない。
(どうして……?)
背中に汗がじっとりと滲み出す。
膝の上に手を置こうとしても、指先がわずかに震えるばかりだった。
目の前で看護師がPHSに手を伸ばす。
何かを呼び出し、真剣な声で何かを伝えている。
雪乃はただ、朦朧とした意識の中で、自分の脈拍が遠ざかっていくのを感じていた。
(……もう、限界なのかな)
小さなつぶやきは声にもならず、唇の奥で消えていった。



