「まーまー」
このやりとりを、ずっと繰り返している。
「えっと…、ごめん、ちょっと…いきたいところが、あるんだ。いいかな…?」
「あ、いいよいいよ〜。ごめんね」
汐くんにどいてもらって、行こうかなと立ち上がった瞬間、ハッとした。
「…そうだ、やっぱりやめとこ」
「なんで?」
大きな目をさらに大きくし、首を傾げた汐くん。
「お金持ってなくて…」
「…?お金?」
ちょっと考えた後にぱあっと笑顔になった汐くんが、「手を出して」と要求してきた。
「…?う、うん」
右手を差し出すと、ポケットから何かを取り出した汐くんが、私の右手に乗っけてきた。
カサっと、折り畳まれた紙の感触。
「…?」
え。
「こ、こここここんなの受け取れないよっ…!」
慌てて汐くんに一万円札を突き返す。
「えー、僕もいらなーい」
「えええええ⁉︎」
い、いらないの⁉︎
「一万円なんて簡単に手に入らないよ⁉︎すぐ手放すなんてっ…!」
「僕、頼めば貰えるから〜」
「だれに⁉︎」
頼めば貰えるって…、そんなにふろーふしの一族ってお金持ちなの⁉︎
「いいよっ…」
一万円札なんて、持ったことなかった。
あまりにも汐くんが「いらない」を連呼するため、一万円札を広げて見てみる。
折り畳まれてたため、ちょっとシワがついてる。
へえ、一万円札って、こんな感じなんだ。
一週間で、ご飯用に貰えるのは3000円程。お母さん……の気分によっても変わる。
レシートを週末に一つ残らず見せ、余ったお金は返す。
ってやってたから、5000円札も持ったことがない。
…まあそれは全部、私のせいなんだけど。
「って、私は大丈夫だよ!」
「えー、僕いらない」
「えーっ」
汐くんは私が持っている一万円札を奪って私の手にしっかりと持たせる。
「お金欲しいんでしょ?」
「…欲しいってわけじゃないよ」
「まあまあ。帆香ちゃんが持っててよ」
汐くんが一万円札を折り畳み直して私のポケットに突っ込んだ。
「わあああっ!」
「はい、僕は帆香ちゃんにあげたから〜」
そんなことを言って汐くんが返さないでねと言うかのようにどこかに行ってしまった。



