魔法使い時々王子

地下の図書室は、ひんやりと静かだった。外の世界から切り離されたようなその空間で、ふたりはしばらく無言のまま、本棚のあいだを歩いた。

シドは魔法に関する書物の前で立ち止まり、ひときわ古びた装丁の一冊を手に取ると、床に座り込んで黙々とページをめくり始めた。

アリスは少し離れた椅子に腰かけて、そんな彼をじっと見つめる。

――まるで時間の流れが違うみたい。

本を読むときのシドは、まるで別人のように静かで、集中しきっていて、他の何も見えていないようだった。指先の動きも、視線の流れも、どこか繊細で。

(……どうしてだろう。見てると、胸がざわつく)

「…………」

アリスはそっと息をついた。けれどそれに気づいたのか、シドがふと顔を上げた。

「……なに?」

「えっ……!? な、なんでもないわよ!」

あわてて視線を逸らすアリス。

シドは首をかしげると、小さく笑った。

「そんなにジーっと見られると、ページめくるのも緊張する」

「だ、だって……あなた、魔法のことになると人が変わるんだもん」

「変わる……そりゃ、好きなことだし」

「……ほんと、好きなのね。魔法」

「まぁ。……これだけは、ずっと好きでいられたから」

その言葉に、アリスの胸がふっと締めつけられる。

――この人は、どんな過去を背負ってきたの?

気になって聞きたくなる。でも聞いたら壊れてしまいそうな気がして、聞けなかった。

しばらくふたりは、本の香りと静寂のなかに身をゆだねた。