魔法使い時々王子

塔の扉を開けて一歩足を踏み入れると、外の喧騒が嘘のように静まり返った空間がそこにあった。

古びた石造りの壁。年月を経て深い色味を帯びた木の床と階段。そして、ところどころに飾られたレースや銀の装飾が、柔らかな陽の光を受けて静かに光っている。

「ここ、綺麗でしょ?」
アリスが振り返って言った。

「王妃さまのために、かつての国王が建てた隠れ家。煩わしい儀式から逃げて、ここで本を読んだり、音楽を聴いたりしてたんだって。」

シドは黙って頷く。埃一つない室内は、今でも誰かが丁寧に手入れをしているのだろう。かつての王妃のための時間が、今もそこに息づいているようだった。

アリスは階段の方を指さした。

「地下にも部屋があるの。ちょっと面白いところよ。行ってみない?」

シドが言葉を返すより早く、アリスはまたも彼の手を引いて階段を降りていく。

重たい空気を感じさせない彼女の明るさに、シドの緊張も少しずつほぐれていった。

階段を下りると、そこにはひっそりとした図書室が広がっていた。石造りの壁に沿って、背の高い本棚がいくつも並んでいる。どれも時を経た革表紙の本ばかりで、重厚な空気が漂っていた。

「ここが、私のお気に入りの場所。」

アリスが微笑みながら言った。

シドは無言のまま、本棚の一角に並んだ魔法関連の書籍に目を留める。その中の一冊を手に取り、ページをめくった瞬間、息を呑んだ。

(これは……古い理論だ。けれど、確かに価値がある。)

夢中でページをめくるシドを見て、アリスは少し驚いたような、でもどこか嬉しそうな顔で見つめた。

(不思議……)

胸の奥が、わずかに高鳴る。

(なに、これ……)

彼女の視線の先で、シドは真剣なまなざしのままページを追っていた。

そのまま二人はしばらく、時間の感覚を忘れたようにそこにいた。