王太子ルイは、書斎の机に広げられた一枚の紙をじっと見つめていた。
それは、明日のガーデンパーティーの参加者名簿――

「今年は母上、欠席なさるそうだ」

そう告げると、部屋の奥から妻ソフィアの声が返ってきた。

「また? これで何度目になるかしら。もうお義父様との公務には出ないって噂ね」

「噂じゃない。ほぼ確定だよ。父上との間には、もう表面上のつながりすら残っていないようだ」

ルイの口調は静かだったが、その瞳には複雑な色が浮かんでいた。

ソフィアは窓辺に腰かけて言う。

「アリスは? 出席するの?」

「名簿には名がある。だが……さあな。来るかどうかまでは分からない」

ソフィアがくすっと笑う。

「妹なのに冷たいわね」

それに、ルイは少しうつむいて微笑んだ。

「そんなことはないさ。……いつだって心配しているよ。だがアリスは、俺を――両親と同じように、遠ざけているからな」

ふと視線を逸らしたルイの表情には、どこか寂しげな影が差していた。

「昔は、もっと近かったんだ。だが、気づけばアリスとの距離はどんどん遠くなっていた。……俺は“王になるため”に育てられ、周囲もそう扱ってきた。それが、アリスを孤独にさせたのかもしれない」

ソフィアは小さく肩をすくめ、気まずさを軽く受け流すように話題を変えた。

「そういえば、明日のパーティーには、あの魔法大臣の補佐も出席するそうよ。名前……シドだったかしら?」

「……ああ。気にはなっている」

そう答えたところで、控えの侍女が扉をノックした。
差し出されたのは、一通の手紙。封に刻まれた印章を見て、ルイの眉がぴくりと動いた。

「……アスタリト?」

ソフィアが小首を傾げる。

「あなた、行ったことあったかしら?」

「ないな。距離もあるし、これまであまり外交の関わりもなかった国だ」

封を切り、中の書状に目を通した途端、ルイの表情が変わる。
その瞳に浮かんだのは、驚愕か、あるいは疑念か。

「ルイ……?」

ソフィアが不思議そうに問いかけたが、ルイはすぐに手紙を畳んだ。

「……いや、なんでもない。」

彼の目はどこか遠くを見ていた――
その書状には、シドという名が、はっきりと記されていた。