石畳の上を、柔らかな靴音が近づいてくる。
ふと顔を上げると、そこにはアリスが立っていた。

シドは少し驚いたように眉を上げる。

アリスはシドに笑みを向けながら、近づいてくる。
その瞳には、どこか熱を帯びた光が宿っていた。

「お疲れさま、シド。とても素晴らしい試合だったわ」

「……ああ、負けたけどな。」

シドは苦笑しながら視線を逸らす。
手に持った木製の剣が、小さく揺れた。

アリスは少し首をかしげて、微笑を浮かべる。

「勝ち負けだけがすべてじゃないわ。あなたの剣――とても美しかったもの」

シドはその言葉に、一瞬返す言葉を失った。
彼にとって“剣”はただの力の象徴ではなかった。
忌まれ、隠され、それでも手放せなかった“自分”の一部だった。

「……剣が、美しいなんて初めて言われた。」

少し照れくさそうに、けれど素直にそう答えた。

アリスは頷いた。

「剣だけじゃないわ。あなたが戦っているとき、あなた自身が、とても凛々しくて」

その言葉に、シドの頬がわずかに赤くなる。
だがその顔には、ふと笑みが浮かぶ。

「……それは褒めすぎだ」

「本音よ」

アリスが軽やかに笑った、そのときだった。

――廊下の柱の陰。
その会話を遠くからそっと見つめる一人の侍女がいた。
新しく仕え始めたばかりの、エミリーである。

アリスとシドがこんなふうに話すのは初めて見る光景だった。
けれど、彼女の表情には驚きよりも、むしろ静かな観察と記録の色が浮かんでいた。

「……なるほど」

小さくそう呟くと、エミリーは気配を殺すように背を向け、音もなくその場を離れていった。

一方、アリスはシドに微笑みかけながらこう言う。

「またいつか、あなたの剣を見せてね」

シドは、しばらく黙ったあとで、柔らかく頷いた。

「……ああ。次は、ちゃんと勝てるように」

そして二人は歩き出す――
ほんの少しだけ、距離を縮めながら。