魔法使い時々王子

試合を終え、控え室へと続く石造りの廊下をシドが歩いていると、進路の先にひとりの男が立っていた。
壁にもたれ、腕を組んだ姿はどこか余裕を感じさせる。長く流れるような黒髪、陶器のように白い肌。
整った顔立ちに、無駄のない細身の体。高く引き締まった背筋が印象的だった。

――その顔に、シドは見覚えがあった。

第ニ近衛部隊、通称ノクターン。その総隊長、ルシアン。
王宮の中でも一目置かれる存在であり、彼の姿を直接目にするのはシドにとっても初めてだった。

「見事な戦いぶりだった」
ルシアンはそう言って、シドの前に一歩進み出た。
「……どこで剣を覚えた? 君の剣筋は珍しい。特にあの最後の型、私は初めて見た」

突然の問いに、シドはわずかに口ごもる。
祖国で習ったとは言えず、曖昧な返答を探していたその時――

「まぁいいさ、それより……どうだ、うちの部隊に入らないか?」

ルシアンは穏やかに微笑みながらも、真っ直ぐに誘いを口にした。
それは冗談ではなく、真剣な申し出に聞こえた。

と、その時。

「おいおい、またそうやって抜け駆けしてんなよ」

陽気な声と共に、別の男が歩いてきた。
屈強な体格に広い肩、そして気さくな笑みを浮かべたその男は、第一近衛部隊――通称アウレリアの総隊長、ダグラスだった。

「いいか、ルシアン。こういう若くて才能ある奴は、うちの部隊が貰うのが筋ってもんだろ?」
ダグラスは冗談めかしながらも、シドを見てニヤリと笑った。

突然のスカウト合戦に戸惑いながらも、シドは丁寧に頭を下げた。

「申し訳ありません。私は今、魔法大臣補佐の任に就いていますので……」

その言葉に、ルシアンとダグラスは顔を見合わせ、どこか納得したようにうなずいた。

「……そうか。だが、考えたくなったら、いつでも声をかけてくれ」

そう言い残し、2人はそれぞれの方向へと歩き去っていった。

残されたシドは少し困惑しながらも、その背中を見送った。