控え室の隅。静かな緊張感が張り詰めるなか、剣の手入れを終えたシドは、腰を下ろしてしばし目を閉じていた。

「……あの、シド」

ふいに聞こえた柔らかな声に目を開けると、リアンが控えめに扉の影から顔をのぞかせていた。

「リアン?」

「少しだけ、様子を見に来たの」

彼女は遠慮がちに部屋へと足を踏み入れた。今日は式典用の青い衣装に身を包んでいた。

「……怪我だけは、しないでね」

リアンの声には、いつになくはっきりとした思いが込められていた。
シドはふっと笑って「気をつけるよ」と返す。

「緊張、してる?」

「少しだけ」

「そっか」

リアンはほっとしたように微笑んだ。それから、少し恥ずかしそうに付け加える。

「……本当は持ち場があるんだけど。アルバさんが“絶対見に来てください”って言うから見に来たの。」

「アルバと……親しいんだ?」

シドが無意識に問いかけると、リアンは少しだけ首を傾げて笑う。

「うーん、少し前に話してから、見かけたら会話するくらい。でも、侍女たちの間ではアルバさん、大人気よ。真面目で優しくて、何より強いんだって」

シドは苦笑した。「なるほど、確かに彼は強い。」

「アリス様付きの近衛隊長だものね。でもシドは負けないでしょ?」

そう言って、リアンは少しだけはにかんだような笑みを見せた。

――ドォン!

大会の始まりを告げる大砲の音が、王都の空に響いた。

「じゃあ、行くね。……頑張って」

リアンはそう言い残し、小走りに控え室を後にした。
シドはその背中を見送ってから、ふぅと息を吐く。

剣の柄に手をやりながら、彼は自分の胸の鼓動がわずかに高鳴っているのを感じていた。