アリスは広々とした観覧席の一角、自分の席にそっと腰を下ろした。
柔らかな日差しが王宮の紋章をあしらった天幕を透かして、空気の中に金の揺らぎを落としていた。
正面を見ると、会場を挟んだ向かい側――貴賓席の最上段には父王と母、そして兄夫婦の姿がすでに見えていた。威厳ある立ち居振る舞いで席につく彼らを目にして、アリスは少しだけ背筋を伸ばす。
「お待たせいたしました、アリス様」
後ろから静かな声がかかる。振り向くと、新しく仕え始めた侍女――エミリーが、品の良い銀盆に紅茶のカップを乗せていた。
「ありがとう、エミリー。……もう慣れた?」
微笑んで尋ねると、エミリーは膝をつきながら控えめに答えた。
「はい。リアン様が丁寧に教えてくださるので。お役に立てるよう、精一杯務めます」
「ふふ、そう。真面目ね」
カップを手に取ると、アリスは紅茶の香りをふっと吸い込んだ。淡く香るジャスミンの匂い。気持ちが少し落ち着く。
目の前にはすでに観客で賑わいはじめた広場、剣士たちが待機する控え室、そしてまだ始まらない静かな空気。
紅茶の湯気の向こうで、なにかが始まりそうな予感が、確かにアリスの胸をくすぐった。
「今日は、きっと楽しくなりそうね」
アリスは小さく呟いた。
それは、家族に向けたものでも、目の前の戦いに向けたものでもない――
たったひとり、この大会に出ると聞いた青年に向けた、小さな期待だった。
柔らかな日差しが王宮の紋章をあしらった天幕を透かして、空気の中に金の揺らぎを落としていた。
正面を見ると、会場を挟んだ向かい側――貴賓席の最上段には父王と母、そして兄夫婦の姿がすでに見えていた。威厳ある立ち居振る舞いで席につく彼らを目にして、アリスは少しだけ背筋を伸ばす。
「お待たせいたしました、アリス様」
後ろから静かな声がかかる。振り向くと、新しく仕え始めた侍女――エミリーが、品の良い銀盆に紅茶のカップを乗せていた。
「ありがとう、エミリー。……もう慣れた?」
微笑んで尋ねると、エミリーは膝をつきながら控えめに答えた。
「はい。リアン様が丁寧に教えてくださるので。お役に立てるよう、精一杯務めます」
「ふふ、そう。真面目ね」
カップを手に取ると、アリスは紅茶の香りをふっと吸い込んだ。淡く香るジャスミンの匂い。気持ちが少し落ち着く。
目の前にはすでに観客で賑わいはじめた広場、剣士たちが待機する控え室、そしてまだ始まらない静かな空気。
紅茶の湯気の向こうで、なにかが始まりそうな予感が、確かにアリスの胸をくすぐった。
「今日は、きっと楽しくなりそうね」
アリスは小さく呟いた。
それは、家族に向けたものでも、目の前の戦いに向けたものでもない――
たったひとり、この大会に出ると聞いた青年に向けた、小さな期待だった。



