王宮への帰り道。
石畳を踏みしめながら、シドはふと昔を思い出していた。
祖国にいたころ、幼い自分に剣を教えた教官。厳格で、言葉より先に剣が飛んでくるような男だった。魔法ばかり使っていた自分に、剣の構えを叩き込んだ数少ない大人――。

「……あれも今となっては、いい経験だったか」
小さくつぶやいた声は、涼しい夜風に紛れて消えていった。

王宮の門をくぐったとき、ちょうど前方から歩いてきたのは、アリスの専属近衛隊長・アルバだった。

「お、シドじゃないか」
アルバは気さくな笑みで声をかけてきた。

「明日、稽古だろ。俺も参加する。剣術大会、楽しみだな」
「俺は乗り気じゃないんだけどな。なぜか出る羽目になった」
「まあまあ。どうせなら楽しもうぜ」

夜気にさらされながら、互いに軽く笑い合った後、アルバがふと真面目な顔になった。

「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
「ん?」
「リアンのことだけどさ。お前、仲良いよな。……2人って、付き合ってるのか?」

「……まさか」
シドは肩をすくめるように言った。

それを聞いたアルバは、安堵したようにわずかに息を吐いた。
「そうか。……いや、なんでもない。じゃあ、また明日な」

手を軽く挙げて、アルバは静かにその場を去っていった。
後に残されたシドは、ぽかんとしたようにその背中を見つめた。

「……なんだ?」

静かな夜の空に、遠くから風が木の葉を揺らす音だけが響いていた。

――こうして、イフタリア王国での季節は、また新たな物語へと移ろい始めていた。