まだ夜明け前の薄明かりが差し込む王宮の一室。
重厚な柱と荘厳なカーテンに囲まれた執務室に、速馬が届けた封書がひとつ、机の上に置かれていた。
ロウソクの灯だけが揺れる中、それを開封したのは、今のアスタリト王国の王、ジル・アスタリト。
封蝋には――妹、アデレードの印。
手紙には、丁寧な筆跡でこう記されていた。
「昨夜、イスタリア王国にて開催された仮面舞踏会にて、シドがこの国の王女アリスと踊っていたわ。
仮面をつけていたけれど、あれは確かに彼女だった。――これは報告として、念のために伝えておくわ」
ルイは手紙を読み終えると、しばし無言のまま、書斎の奥の椅子に深く腰を沈めた。
蝋燭の火が、王の厳しい表情を照らす。
「……あいつがイスタリアの王女と……」
シド――弟であり、かつて王位継承者の候補でもあった男。
彼が王宮を出てから、すでに5年が経つ。
「把握はしていた。どこにいるかも、何をしているかも。だが、連れ戻さなかった。
……あのとき、父上も国としても、動かないと決めたからだ」
父王の崩御後、急遽即位したジルは、王宮の混乱をまとめ上げるので精一杯だった。
弟が出奔したことは、当時――国民からの信頼を大きく損なった。
『王子が逃げた国』
『兄に王位を奪われたと思ったのだろう』
そんな憶測がまことしやかに広まり、王室の名は深く傷ついた。
ジルは視線を手紙に戻す。
仮面の下で微笑む弟の姿が、まるで浮かぶようだった。
「……いずれ動くか、シド。あいつが“誰と並んで踊るか”で、道が決まる」
椅子から立ち上がると、手紙を暖炉へと放り込み、赤々と燃える火の中に消した。
重厚な柱と荘厳なカーテンに囲まれた執務室に、速馬が届けた封書がひとつ、机の上に置かれていた。
ロウソクの灯だけが揺れる中、それを開封したのは、今のアスタリト王国の王、ジル・アスタリト。
封蝋には――妹、アデレードの印。
手紙には、丁寧な筆跡でこう記されていた。
「昨夜、イスタリア王国にて開催された仮面舞踏会にて、シドがこの国の王女アリスと踊っていたわ。
仮面をつけていたけれど、あれは確かに彼女だった。――これは報告として、念のために伝えておくわ」
ルイは手紙を読み終えると、しばし無言のまま、書斎の奥の椅子に深く腰を沈めた。
蝋燭の火が、王の厳しい表情を照らす。
「……あいつがイスタリアの王女と……」
シド――弟であり、かつて王位継承者の候補でもあった男。
彼が王宮を出てから、すでに5年が経つ。
「把握はしていた。どこにいるかも、何をしているかも。だが、連れ戻さなかった。
……あのとき、父上も国としても、動かないと決めたからだ」
父王の崩御後、急遽即位したジルは、王宮の混乱をまとめ上げるので精一杯だった。
弟が出奔したことは、当時――国民からの信頼を大きく損なった。
『王子が逃げた国』
『兄に王位を奪われたと思ったのだろう』
そんな憶測がまことしやかに広まり、王室の名は深く傷ついた。
ジルは視線を手紙に戻す。
仮面の下で微笑む弟の姿が、まるで浮かぶようだった。
「……いずれ動くか、シド。あいつが“誰と並んで踊るか”で、道が決まる」
椅子から立ち上がると、手紙を暖炉へと放り込み、赤々と燃える火の中に消した。



