祝宴の最中、シドは一人、人の波を離れたバルコニーに出ていた。外の夜風が、燻る感情を少し冷ましてくれる。

「――ずいぶんと静かな場所を選ぶのね、殿下」

後ろからかかったその声に、シドの表情が僅かに動く。

振り返ると、ドレスの裾を揺らして立っていたのは、かつて自分と共に宮廷を駆け回った従姉妹、アデレードだった。琥珀色の瞳に少しの怒気と――どこか心配の色が浮かんでいる。

舞踏会の招待客リストにアデレードの名が記されている事を知った時から、今日会って話す事は覚悟していた。

「……今は、シドだ。王子なんて肩書きは、ここじゃ意味を持たない」

「それでも、あなたは“王家の血”を捨てきれない。いえ、そんなことできるはずがないわ。あなたは、あの家の希望だった」

「希望……。俺はそうは感じなかった。あの城に俺の居場所はなかった。」

アデレードはため息をつきながら一歩近づき、そっと声を落とす。

「なら、なぜ“ここ”なの? なぜこの国で、しかも王宮に?」

「……皮肉なもんだよな。結局、似たような場所に戻ってきてる。でも、ここは俺を縛らない。俺は“魔法”で人を助ける、それだけでいい」

アデレードはその言葉にしばらく黙り込んだあと、小さく微笑む。

「あなたらしいわ。……でも、私は諦めない。あなたが帰るべき場所は、祖国だと今でも信じてる」

「アデ……」

「ちゃんと考えて。近いうちに、もう一度書状を送るわ。――そのときは返事をちょうだい。あなた自身の言葉で」

そのまま背を向け、舞踏会の光の中へ戻っていくアデレード。その背中はどこか寂しげだった。

そして――

途中から、アリスは庭園の奥、柱の陰から見ていた。彼女の手には読みかけの書物があり、でも視線はページではなく、シドの姿を追っていた。