初夏の風が吹き抜ける頃、アスタリト王国を旅していたキースは、王家に関する古い噂を耳にした。
とある地方の屋敷に立ち寄った際、館の主が飾っていた一枚の古い肖像画。その中の少年の顔に、彼は思わず足を止める。

「……この方は?」

「この国の第二王子です。もう何年も前にいなくなったきりでね……。魔法の才に恵まれた、変わったお方だったそうです」

キースはその絵に見入る。
そこに描かれていたのは、誰がどう見ても――シドだった。


***

数日後、イスタリア王国。
王宮裏庭の訓練場に呼び出されたシドは、どこか神妙な顔で待っていたキースと向かい合った。

「キース、何かあったのか?」

「……シド、アスタリト王国で見た第二王子の肖像画…」

短くも重い言葉に、シドの肩がわずかに揺れた。

「……そうだよ。アスタリトの第二王子。……けど、そんなの、もう遠い昔の話だ」

キースが最後まで言う前に自分から言った。

「なぜ隠してる?」

「王子なんて肩書きじゃ、本当に人を助けられない。だから俺はもう、王子を捨てて生きるって決めたんだ」

キースはしばらく沈黙したあと、小さく息を吐いて笑った。

「……らしいな。お前らしい」

「頼む、しばらくは黙っていてくれ。いずれ話す。でも、今じゃない」

「分かった。口外しないよ」


 二人の間に、固い信頼と秘密が静かに結ばれた。