魔法使い時々王子

ふと、意識が現在へと引き戻される。

柔らかな灯りに満たされた広間。静かな食器の音と、低く抑えられた会話が行き交う夕食会の席で、アリスは背筋を伸ばしたまま微動だにせず座っていた。

――やっぱり、怖そうな人だわ。

上座に座るエレオノーラを遠目に見ながら、そんな印象が胸の奥で強まっていく。
整った美貌、隙のない所作、周囲を自然と従わせる威厳。微笑んでいるはずなのに、どこか近寄りがたい。

しかし、夕食会は何事もなく終わった。

「……はぁ」

自室へ戻る途中、アリスはようやく小さく息を吐き、胸を撫で下ろした。
エレオノーラとは席も離れており、結局直接言葉を交わすことはなかった。それだけで十分だと思っていた、その時。

「アリス様」

控えめな声とともに、一人の侍女がそっと近づき、耳元で囁く。

「エレオノーラ様が、夕食後のお茶をご一緒にいかがかと」

アリスは思わず喉を鳴らした。
逃げ場のない現実を前に、一瞬だけ迷いがよぎる。それでも、ゆっくりと頷いた。

案内されたのは、エレオノーラの私的な居室だった。
過度な装飾はなく、それでいて洗練された空間。小ぶりなテーブルの上には湯気の立つ紅茶と、上品な食器、そして見た目にも美味しそうな菓子が並んでいる。

扉が閉まると、室内には二人きり。

エレオノーラは静かにアリスへ視線を向けた。

「どうぞ、こちらへ」

そう言って示されたのは、明らかに上座だった。

「え……」

思わず声が漏れる。
だがエレオノーラは表情を変えず、穏やかに続けた。

「遠慮はいりません。さぁ、」

戸惑いながらも、アリスは言われるがまま席に着く。
その瞬間、胸の中にあった「怖い人」という印象が、静かに、しかし確実に揺らぎ始めていた。