魔法使い時々王子

数日後。

王宮の一角にある、アリスの温室。
柔らかな月明かりがガラス越しに差し込み、静かな空気の中で植物たちが息づいていた。

シドは温室の中央に立ち、アリスから届いた手紙を読んでいた。

――この国で、少しだけ心を許せる人に出会いました。

その一文に、シドは思わず小さく息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた重たいものが、ほんの少しだけほどける。

よかった……アリス。

遠い異国で、たった一人。
不安と緊張の中にいる彼女を思えば、誰か支えになる存在がいることは何よりだった。

……それでも。

手紙を握る指に、わずかに力がこもる。

そばにいられない。
声をかけることも、肩を抱くこともできない。

安堵の裏側で、言葉にできない感情が静かに芽吹いていた。
それは、焦りにも似た、嫉妬にも似た――自分でも認めたくない感情。

そのとき、温室の扉が静かに開いた。

「あれ?シドもここが気になってたの?」

振り返ると、セラが立っていた。
彼女はシドの手にある手紙を一瞥し、ふっと優しく微笑む。

「私もね、アリス様の温室が気になっていたの」

そう言ってセラは棚に並ぶ植物に近づき、慣れた手つきで葉を整え始めた。
土の匂いと、静かな葉擦れの音が温室に満ちていた。

「…アリス様、お元気かしら。」

セラの言葉に、シドは再び手紙に目を落とした。

――少しだけ、心を許せる人。

その“少し”が、今はとても遠く感じられた。

それでも、アリスが前を向いているなら。
自分も、ここでできることをするしかない。

シドは手紙を胸にしまい、静かに温室を見渡した。

遠く離れていても、想いだけは、確かにつながっていると信じて。